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【第12話】氷壁の門番と、無音の咆哮

第12話をお読みいただきありがとうございます!


白亜の塔の裏門で立ち塞がったのは、冷徹無比なる「氷の女帝」――聖騎士団長エリアナ。

規律を盾にユーリたちを地下牢へ送ろうとする中、突如として壁を粉砕し現れたのは――巨大な暴走魔獣ライノセロス!


絶対零度の愛剣が暴走し、死の淵に立たされた騎士団長を前に、少年が動く――!


どうぞお楽しみください!

 白亜の塔の勝手口前。

 キャシーが『モンタージュ変化』で化けた珍妙なキメラが盛大に暴れ回った直後の広場は、物々しい静寂に包まれていた。


 周囲を取り囲むのは、一斉に槍の切っ先を向ける数十名もの衛兵たち。

 そして、その中央で白銀の甲冑を凛々しく纏った女性騎士が、氷刃のように冷徹な瞳で、武器すら持たないユーリの姿を射抜いていた。


「ま、待って! これはただの忍法で、本物の怪獣じゃなくて――!」


 キャシーが変化を解き、慌てて両手を振って弁明する。

 だが、白銀の騎士は、キャシーと視線を合わせることすらしない。

 手袋を嵌めた指先を小さく翻し、冷淡に言葉を切り落とした。


「静かにしなさい、猫娘」


 一切の感情を交えない、凍てつくような声音。

 エリアナは腰の細身の魔導剣にそっと手を添え、整然と告げる。


「我が名は聖騎士団長エリアナ。王都直下の管理施設の敷地内にて、無届の擬態魔術を起動し、不法侵入の罪」


 薄い唇をわずかに結び、彼女の冷酷な視線がゆっくりとスライドする。

 地面に立ち尽くすユーリの頭から爪先までを、値踏みするように冷ややかに走査した。


「さらに……魔力を持たない身元の不確かな者を連れて、この神聖な塔を汚した罪。すべて公文書に記録し、王都の地下牢へ移送します」


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 私は大賢者メリッサよ! この子は私の連れで、正式な調査のために来たの!」


 メリッサが前に踏み出し、短杖を突き出して怒鳴る。

 だが、エリアナは眉一つ動かさず、薄い胸当てをわずかに正しただけで、その抗議を平然と跳ね除けた。


「大賢者メリッサ様。あなたの過去の功績は存じております」


 淡々とした、抑揚のない声。

 過去の栄光を誇る大賢者に対し、エリアナは冷酷な現実を突きつけるように言葉を重ねる。


「ですが、現在は正式な推薦状もなく、怪しげな魔導具ばかりをいじっている『昔の魔導士』に過ぎません。王都の規律は、過去の栄光を免罪符にはしないのです」


「な……っ!? 昔の魔導士ですって!?」


 憤慨して耳を真っ赤にするメリッサを完全に無視し、エリアナは周囲の衛兵たちへ鋭い視線を巡らせた。


「ましてや、あの問題児である衛兵騎士団長ルシアンと行動を共にする者など、到底信じられませんね。こんな不穏な者たちを野放しにしているとは……我が聖騎士団ならびに衛兵騎士団の規律の弛緩ぶりには、驚きを隠せませんわ」


 吐き捨てるようなその口調には、規則を軽んじる者への侮蔑が滲んでいた。


「も、問題児って……。ルシアンのやつ、随分な言われようね」


 メリッサが呆れたように額を押さえる。

 エリアナの氷のように冷たい視線が、再びユーリへと真っ直ぐに向けられた。


「魔力を持たない変わった方。あなたは何のために存在するのです? 規律を乱し、ただ大賢者に縋り付く以外に、やることがないのですか。実に哀れですね」


 その冷徹な言葉を、感情を挟まずに真っ直ぐに見返して返す。


「力のない者が周囲に頼るのは自然なことだし、頼り合えるのはむしろ誇らしいことだと思うけれどね」


「ふん、減らず口を。あなたのように力のない無能は、そうやって言い訳ばかりが上手くなるのですね」


 エリアナが冷ややかに鼻を鳴らす。

 その傲慢な態度に、横にいたキャシーが我慢の限界を迎えて牙を剥いた。


「ユーリをバカにしないで! ユーリはね、あんたたちみたいな頭の固い連中が気づきもしない、世界の――!」


「猫の威嚇など、私の耳には届きません。連れていきなさい」


 エリアナの一言で、衛兵たちが一斉にキャシーの腕を掴もうと間合いを詰める。


「ちょっと、放しなさいよ! ユーリはあんたが思ってるようなヤツじゃない! あと、あたしはヒョウの獣人よ!」


 キャシーが激しく暴れ、衛兵たちを押し返そうとする。

 だが、その騒ぎの最中、ユーリは周囲の空間へと視線を巡らせていた。


 おかしい。

 肌をチリチリと刺すような、何者かの不気味な視線が、先ほどから途切れずに続いている。


(……誰かが、どこかから観察している……?)


「観念なさい。往生際が悪――って、人の話を聞いていますの? あなたの頭の中はカスタードでも詰まっているのかしら」


 エリアナが不機嫌そうに眉を跳ね上げた。


「ん? ああ、ごめん。考え事をしていて。……ええと、洋菓子の新作が何だって?」


「なっ! なんて余裕ですの!? 中央通りの超人気店『カトリーヌ』の、本日限定の特製シュークリームのことを考えていただだなんてっ!」


「……詳しいわね」


 メリッサが突っ込むと、周囲の衛兵たちが一斉にぎょっとしてエリアナを見た。


「な、何を見ていますの! わ、私はただ、本日の新作を買うために申請した有休届を上層部に却下されて――ッ!」


 エリアナの鉄壁の品格が一瞬で崩壊し、顔を真っ赤にして取り繕った、まさにその瞬間だった。


 ――ズズズゥゥゥンッッッ!!!


 地響きとともに、白亜の塔の裏門の分厚い石壁が派手に爆砕された。


「な、なんですの!? また猫娘の仕業ですの!?」


 エリアナが咄嗟に魔導剣を構えるが、立ち上る激しい土煙の中から這い出てきたのは、想像を絶する巨大な魔獣だった。


 巨大な突進獣『ライノセロス』。

 全身を分厚い石板のような外殻装甲で覆い、鼻先にはあらゆる防御を貫く巨大で鋭利な一角を備えている。

 その双眸は、暴走する異質なマナの過負荷によって、血のように真っ赤に充血していた。


「グルルルルル……ッ!」


 地鳴りのような咆哮を轟かせ、ライノセロスが石畳を粉砕しながら突進してくる。


「衛兵、迎撃陣形! 包囲なさい!」


 エリアナが身を翻し、神速の踏み込みで突進獣の側面へと斬りかかった。

 白銀の刀身が幾度も閃光を走らせるが、鋼鉄以上の硬度を誇るライノセロスの外殻には、白い火花が散るだけでかすり傷一つ付かない。


「生半可な太刀筋は通じないということですのね……! ならば――!」


 エリアナは奥歯を噛み締め、細身のレイピアに極限まで己の魔力を充填した。刀身に絶対零度の凍気が猛然と渦巻き始める。


(まずい――!)


 ユーリの【眼】が、エリアナの持つ剣の内部で、過剰に注ぎ込まれた魔力と、それに呼応して大気中から急速に吸い上げられた紫色の不純物を捉えた。

 先ほどロキシーが勝手口に施していたマナの細工。それに、エリアナの過度な魔力解放が最悪の形で連鎖している。


「だめだ! 今すぐその剣を手放せ! 暴走するぞ!」


「黙りなさい、不届き者が! 私の神聖なる愛剣に、魔力も持たぬ者が気安く指図を――」


 言いかけた、その刹那。


 キィィィィィィィン――――ッ!!!


 大気を引き裂くような高周波の共振音が響き渡った。

 エリアナのレイピアから放たれた氷の魔術が、内側から臨界点を突破して制御不能の暴発を起こす。


「な、なんですのこれ――ッ!?」


 吹き荒れる凄まじい氷の竜巻。

 大気を一瞬で凍結させる白い衝撃波が周囲を呑み込み、近寄ろうとした衛兵たちが木の葉のように吹き飛ばされていく。

 暴風の中心で、エリアナは必死に剣を抑え込もうとするが、魔力の逆流によって彼女自身の腕が白く凍りつき、身動きを奪われていく。


「やれやれ、手がかかるお嬢様ね。ひとまず、あのサイ野郎の足を止めるわよ!」


 メリッサが暴風の中で平然と短杖を構えた。

 放たれた巨大な火球が、突進してくるライノセロスの横腹に寸分の狂いもなく直撃し、大爆発を起こす。

 凄まじい熱波を受け、突進獣は激しく体勢を崩して横転した。


「キャシー、頼む! このままだとエリアナの身体が凍りつく!」


「了解!」


 キャシーがユーリの身体を軽々と抱え上げると、鋭い氷の衝撃波をアクロバティックに躱しながら、凍結しかけているエリアナの背後へと滑り込んだ。


 ユーリは、エリアナが握りしめるレイピアの柄へと迷わず手を伸ばした。

 暴発する冷気の奔流をくぐり抜け、その根元にへばりつく紫色の澱み――空間の不純物を、素手で力強く鷲掴みにする。


 強力なテープを力任せに引き剥がす感覚。

 一気に、全身の力で引き抜く――!


「剥がれろ――ッ!」


 ビリリィーー……ッ!!


 空間を裂く透明な破裂音が響き渡り、引きちぎられたマナの澱みは掌の中で青白い粒子となって空気中へ霧散した。

 吹き荒れていた氷嵐は嘘のようにピタリと止まり、ただの冷たいそよ風となって消え去っていく。


「私の……剣の暴走を……素手で……?」


 エリアナは魔力の急激な消耗と驚愕に瞳を揺らし、崩れ落ちそうになりながらユーリを見つめていた。

 だが、息をつく暇はなかった。


「ブルルルルッ!」


 体勢を立て直したライノセロスが、再び赤い眼を爛々と光らせて立ち上がり、狂乱の勢いで地を蹴った。


「しつこい角牛ね!」


 キャシーが爪を構えて叫ぶ。


「サイよ、キャシー」


 メリッサがすかさず突っ込む。

 ユーリの【眼】は、ライノセロスの鼻先にそびえる巨大な角を捉えていた。

 その根元に、不自然に脈動する紫色のマナの澱みがべったりとこびりついている。あの不純な核が、魔獣の神経を狂わせ、暴走を維持させているのだ。


「メリッサ! さっきのをもう一発頼む!」


 ユーリは、迫り来るライノセロスへ向かって真っ直ぐに走り出した。


「任せなさい!」


 メリッサの放った火球がライノセロスの鼻先で炸裂し、その突進を一瞬だけ完全に足止めする。


「これで、終わりだ――!」


 跳躍し、巨獣の頭上へと躍り出る。

 鼻先の一角にこびりつくマナの澱みを、両手でしっかりと鷲掴みにした。

 そして、全身の力で引き剥がす。


 ビリリィーー……ッ!!


 核をもぎ取られた瞬間、ライノセロスの巨体は、輪郭を保てなくなった煙のように、大気の中へとサラサラと霧散して完全に消滅した。


 巨獣の消滅と同時に、白亜の塔の勝手口周辺には完全な静寂が降りた。

 散乱する瓦礫と、焦げ付いた石畳。

 ユーリはその場に膝をつき、激しい息を整えながら、先ほどまでライノセロスが立っていた空間をじっと凝視した。


 目の奥に集中を研ぎ澄ます。

 その【眼】には、霧散した魔獣の残滓の奥に、不気味に漂う『マナの糸』の切れ端がはっきりと視えていた。


 細く、紫黒色にねじれ、大気中に溶け残った見えない制御線。


(……やっぱりだ)


 背筋に冷たい汗が流れる。

 この異変の構図は、先刻の魔導実験施設で戦った帝国製軍用機『アルギス』と寸分違わぬものだった。


 自律的に暴走して迷い込んだのではない。

 何者かが外部からマナの糸を介してこの魔獣の神経を操り、意図的に白亜の塔の勝手口を急襲させたのだ。

 それも、エリアナがこの場に駆けつけ、こちらを拘束しようとした絶妙なタイミングを見計らって。


(誰かが、白亜の塔の防衛体制の穴を突くために……あるいは、この塔の警備状況と俺たちの動きを試すために、意図的に仕組んだ罠だ)


 点と点が冷酷な必然性をもって繋がっていく。

 王都の混乱は偶然の事故などではない。すべては精緻に設計された、巨大な計画の一環なのだ。


「衛兵、全員構え!」


「幻術の使い手だぞ、包囲――!」


 我に返った衛兵たちが、再びユーリたちへ向けて槍を構えて雪崩れ込んできた。

 エリアナが手首を押さえながら「待ちなさい! 彼らは私たちを――」と制止の声を張り上げるが、パニックに陥った兵たちには届かない。


「ありゃりゃ、これは本当に潮時ね!」


 キャシーが小気味よく指を鳴らした。

 パチンッ、という音とともに広場全体が濃密な身代わりの煙幕に包まれる。


「『忍法、逃げるは勝ち』ってねーー!」


 キャシーの軽快な声が響き、ユーリとメリッサは彼女のしなやかな腕に軽々と抱え上げられた。

 衛兵たちの頭上をアクロバティックに飛び越え、白亜の塔の外壁を強く蹴って、三人は夜の闇の中へと一瞬にして姿を消した。


 夜風が煙幕を吹き払い、勝手口前には再び静寂が戻っていた。


 冷たい石畳の上。

 エリアナは一人、自らの手にある魔導剣を、震える指先で見つめていた。


 刀身にこびりついていた異常な発熱も、暴走の気配も、跡形もなく消え去っている。澄み切った本来の輝きを取り戻したレイピア。


 自分が二十年間、心を氷のように閉ざし、血を吐く思いで積み上げてきた規律。

 誇り。

 そして、己のすべてであった愛剣。


 それを、あの魔力を持たない少年は、何のためらいもなく素手で掴み取り、一瞬で救って見せたのだ。


「私の……魔導剣の暴走を、素手で……」


 エリアナは、きつく胸元の白銀の甲冑を掴み締めた。

 ドクン、ドクンと、かつて経験したことのないほど、胸の奥が熱く、激しく打ち鳴らされている。

 かつて泥にまみれた自分に向けられた、あの温かな手のひらと声が、脳裏を去来する。

「一体、何者なのです……ユーリ様……」


 冷徹で、誰も寄せ付けなかった氷の騎士。

 その凍てついた世界に、少年の面影が、深く、消えない熱となって刻み込まれた瞬間だった。



 一方、白亜の塔から遠く離れた安全な裏路地。


「ふぅ……! なんとか撒けたみたいね!」


 キャシーがユーリとメリッサを地面に下ろし、肩を回して息を吐いた。

 メリッサも短杖を収めてやれやれと首を振る。


 ユーリは制服のポケットの中に手を入れ、指先で一枚の硬いカードを取り出した。

 裏門でロキシーが逃げ去る際に落としていった、名刺大の薄い板。月明かりに透かすと、そこには明確な文字が刻まれていた。


「『タートル清掃会社』……あのお姉さん、ロキシーが落としていった従業員証だ」


「なるほどね……! あいつがどこから潜入してきたのか、その足取りが掴めたわね!」


 メリッサが不敵に口元を吊り上げる。

 キャシーも爪をカチリと鳴らし、気合を入れ直した。


「よし、今度こそ逃がさないわよ! ユーリ、行こう!」


 操られていたアルギス、そして仕組まれていたライノセロス。

 見えざる黒幕の悪意が渦巻く中、ユーリは手の中の従業員証を強く握り締め、次なる目的地――タートル清掃会社へ向けて力強く歩み出した。

第12話をお読みいただき、本当にありがとうございました!


「私の……魔導剣の暴走を、素手で……?」


規律を絶対視し、冷酷にユーリたちを突き放していた『氷の女帝』エリアナ。

しかし、自身の命そのものである愛剣が暴走し、全身が凍りつきかけた絶体絶命の瞬間――

魔力ゼロの少年が何のためらいもなく飛び込み、素手で「ビリリィーー……ッ!」と不純物を引き剥がして彼女の命を救いました!


あんなに冷たくツンツンしていたエリアナの胸の奥で、カチリと音を立てて溶け出した氷の鎖……!

(※ここからの彼女の激重デレっぷりにもぜひご期待ください!)


そして、ライノセロスの残骸に残されていた「マナの操り糸」。

何者かが仕組んだ罠の先に落ちていたのは――『タートル清掃会社』の従業員証でした!


次話、ついにあの裏路地に佇む怪しげな清掃会社へ突入!


「エリアナのシュークリームのくだりで吹いたw」

「ツンツンしてた騎士団長が落とされる瞬間、最高!」

「素手で暴走を止めるユーリが今回もカッコ良すぎる!」

「操り糸の黒幕が気になる……次へ!」


と少しでもスカッとしていただけたり、胸が熱くなりましたら、

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次話【第13話:タートル清掃会社の秘密】へ続きます。

次回は15時40分頃更新です。

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