【第11話】凍りついた足跡
第11話をお読みいただきありがとうございます!
舞台は『白亜の防獣要塞塔(白亜の塔)』に変わります。
裏門の蝶番に残された不吉なマナの歪みを追うユーリたちの前に現れたのは、親しみやすい訛りで話す謎の出入り業者。
しかし、その愛想のいい笑顔の裏には、巧妙に仕組まれた罠が口を開けていた――!
どうぞお楽しみください!
「ほら、やっぱりあの角を曲がったらダメだったのよ」
不満げな声を上げて、頭の上の獣耳をピコピコと揺らしたのはキャシーだった。
赤髪を風になびかせながら、並んで歩く横顔をじっと覗き込んでくる。
「あ、あれ……? 絶対に合っていると思ったんだけどな」
頭を掻きながら、目の前にそびえ立つ古びた石造りの頑丈な鉄扉を見上げた。
王都の中央に位置する魔導管理施設『白亜の防獣要塞塔』。
街の観光スポットとなっている背景もあり、誰もが親しみを込めて『白亜の塔』と呼んでいる。その正面にある壮麗な魔導大門ではなく、物々しい警戒感が漂う勝手口の前にたどり着いてしまっていた。
ちなみに、衛兵騎士団長であるルシアンは、昨日の一斉暴走による被害の事後処理や、上層部へ提出する山のような始末書の作成に追われ、今回は泣く泣くお留守番である。
「『絶対に』って、どういう根拠かしらね」
ほとんど呆れ顔でメリッサが尋ねてくる。
「そんな雰囲気だった」
胸を張って答えると、左右の二人は同時に深いため息を吐き出した。
「雰囲気に流されて迷子にならないでよね……」
キャシーがぼやくなか、ふと、白亜の塔の勝手口の扉の蝶番へと視線が引き寄せられた。
(……あそこだけ、空間が不自然に歪んでいる)
目の奥に集中を促すと、鉄の蝶番の隙間にべったりとこびりついている、薄くて不気味な紫色の『マナの澱み』がはっきりと視界に捉えられた。
一般の人々には決して感知できず、存在すら知られていない世界の根源システム――マナ。
その不穏な痕跡が、厳重な警備が敷かれているはずの白亜の塔の裏口に焼き付いている。
ふと、背後からチリチリと冷たい視線を感じ、勢いよく振り返った。
「ん? どうしたの?」
メリッサが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「……いや。誰かに見られていたような気がしたんだけど。気のせいか」
周囲を見渡すが、夕暮れ時の路地裏には人影一つ見当たらない。気を取り直し、再び鉄扉へと向き直った。
「ちょっと、何をしているの。そっちは裏門で関係者専用の入り口よ」
メリッサが注意しようとした瞬間、カチャリと硬質な金属音が響き、重厚な鉄扉がゆっくりと内側から開け放たれた。
「なんや、あんたたち。道にでも迷うてしもたんか?」
姿を現したのは、作業着の上に無造作に上着を羽織った、頬に薄い古傷のある女性だった。
手には雑巾と小さな工具箱を提げている。
どうやら出入りしている業者のようだ。
まとめられた栗色の髪に、親しみやすい目元。整った顔立ちには愛想の良さそうな笑みが浮かんでいるが、その佇まいにはどこか油断ならない鋭さが秘められていた。
(……独特の訛りがあるな)
聞き慣れないイントネーションに思わず目を瞬かせると、隣のメリッサが静かに補足を挟んでくれた。
「王都から西に位置する商業都市や鉱山地帯――いわゆる西方諸州の出身者が、独特の訛りで話すのよ」
親しげな表情を浮かべる目の前の女性。だが、その裏で彼女の心臓は激しく警戒の鐘を打ち鳴らしていた。
「ウチ、塔の定期清掃と設備メンテ請け負っとる業者のロキシーっちゅうもんや。怪しい者やないさかい、安心してや」
ロキシーと名乗った女性は人懐っこく笑いかけるが、彼女はつい先ほど、業者を装って裏門の操作盤に細工を施し終えたばかりだった。
そして、すでに匿名の通信魔道具を使い、正門の警備隊へ通報を入れた後だったのだ。
『昨日のゴーレム暴走事件の容疑者らしき一団が、裏門付近をうろついている』と。
あとは、この黒髪の少年たちが警備部隊の到着までこの場に留まってくれればいい。
だが、その意図に反して、ユーリたちは軽く会釈を交わし、そのまま通り過ぎようと踵を返しかけた。
(あかん……! 今逃げられたら、せっかくの罠がおじゃんやないの!)
ロキシーは内心の焦りを完璧な営業スマイルで覆い隠し、慌てて声を張り上げた。
「あ、ちょ、ちょっと待ちなはれ! あんたら、この近くにめちゃくちゃうまい焼き立てのミートパイの店があるんやけど、寄ってかへん?」
引き留めようと必死に話題を振ってきたが、ちらりと振り返り、淡々と応じる。
「あ、お腹は空いていないので」
素気なく返して歩みを早めると、メリッサに至っては視線すら向けずにスタスタと歩いていく。
(くっ……食べ物じゃ釣れへんのかいな……! 本物の衛兵隊が来るまで、何が何でも足止めせなアカン!)
ロキシーは脳味噌をフル回転させ、切羽詰まった様子でデタラメを叫んだ。
「ま、待てって! そっちへ行ったらアカン! 実はさっき、この先でごっつい凶暴な魔獣の目撃情報があったんや! 危険すぎる、ここから離れたら命があらへんで!!」
その切迫した声に、ピタリと足が止まった。
「魔獣……?」
食いついた、とロキシーは内心で快哉を叫び、大げさな身振りを交えて熱弁を振るい始めた。
「せや! 超激レアで、めちゃくちゃ獰猛な『フレイムキメラ』や! 出くわしたら骨も残らへん! せやから衛兵の応援が来るまで、ここでじっとしといた方が絶対安全やって!」
「フレイムキメラ……? その魔獣がどんな姿をしているのか知らないんだが」
「えっ……? し、知らんの?」
「どんな姿なんだ?」
ロキシーは額に冷や汗を滲ませながら、必死にハッタリを組み立てていく。
「え、えーっとやな! 鷲の頭に、ライオンの胴体! そんで全身がメラメラと真っ赤な炎に包まれとるんや! 鋭い爪でガッと襲いかかってきよるねんで!」
「鷲って鳥だよね? ライオンは陸の獣。それが合体しているのか? 燃えているなら焦げ臭い匂いとか立ち込めているのか?」
細かな疑問を矢継ぎ早に投げかけると、ロキシーは目を白黒させた。
「そ、そやから魔獣なんやて! 細かい理屈はええねん、とにかくデカくて危ないっちゅう話や!」
「でも鳥なら飛んで逃げればいいのに、なぜわざわざ街中を走るんだ? 身体のサイズはどれくらいなんだ? 翼はあるのか?」
「翼はあるけど地上を爆走すんねん! サイズは……そうやな、『魔導走行車』くらいデカいわ!!」
「『魔導走行車』って何だ?」
「突っ込むとこそっちかいな!?」
見事なノリツッコミを炸裂させるロキシー。会話は完全に脱線し、奇妙な熱気でヒートアップしていく。
ロキシーが「とにかく牙がこうで、火をボワーッと吐くんや!」と両手を振り回して力説していると、横で真剣に聞いていたキャシーがパッと目を輝かせた。
「ふむふむ、なるほどなるほど……そんなにヤバい奴なのか! よーし、まっかせなさい!」
「は?」
キャシーは素早く印を結ぶと、足元からドロン!と勢いよく白い煙を噴き上げた。
「忍法・モンタージュ変化! ほら、こんな奴でしょ!!」
煙の中から現れたのは、ロキシーのいい加減な説明を忠実に再現してしまった、不格好な鷲の頭にライオンの肉体を強引に繋ぎ合わせ、全身から激しい炎を吹き上げながら咆哮する珍妙な巨大怪物だった。
「ギャオオオオオオン! ガルルルル!!」
「うわああああっ!? 出たあああ!? ……っちゅうか、あんたかいな!!」
ロキシーは盛大に腰を抜かした。まさかデタラメに語った架空の魔獣を、その場で完璧に再現(ヒョウ耳つきで)されるとは思ってもみなかったのだ。
キャシーが化けた炎の怪物はノリノリで火の粉を撒き散らし、近くに転がっていた石材を黒焦げにしながら、巨大な肉球つきの前足でドタバタと地面を叩いてアピールを続ける。
「ちょっと! なに街中で派手に暴れてるのよ!」
メリッサが怒鳴りつける。
「すごいな、本当に燃えている……」
呑気に感心していた、まさにその時だった。
「そこまでだ!!」
騒ぎを聞きつけた十数名の衛兵隊が、槍を構えて雪崩のように路地へと突入してきた。
その先頭には、白銀の甲冑を凛々しく纏い、氷のように冷徹な瞳をした女性騎士――エリアナの姿があった。
「ゴーレム暴走の容疑者どもめ! 白昼堂々、異形の魔獣まで呼び出して街を破壊するとは何事です!」
「ええっ!? 違う違う、これは忍法で――」
キャシーが慌てて術を解除する。
「問答無用ですわ! 全員拘束なさい!」
衛兵たちが一斉に押し寄せ、ユーリ、キャシー、メリッサの三人はあっという間に取り押さえられてしまった。
その大混乱の隙を突き、ロキシーは巻き込まれまいと身を翻した。
だが、慌てて後ずさりした拍子に作業着のポケットが勝手口の鉄枠に引っかかり、中から名刺大の薄い板が音もなく滑り落ち、石畳の隙間へと転がり落ちた。
本人はそれに気づく余裕すらなく、壁際へと身を滑り込ませて姿を晦ませていった。
裏通りを幾重にも曲がり、人気のない安全な廃屋の影まで逃げ延びたロキシーは、壁に背中を預けて深く息を吐き出した。
「……ハッ。忍法だかなんだか知らんけど、勝手に自滅して捕まってくれて助かったわ」
冷ややかに鼻を鳴らす。だが、その瞳の奥には拭いきれない焦燥が沈んでいた。
「MOSチップの回収自体は首尾よく運んだからええけど……まさかあの防衛結界とアルちゃんまで、まとめてぶち壊してまうとは夢にも思わんかったわ」
あの黒髪の少年が放った、常識を完全に逸脱した力。
その光景を思い出すだけで、古傷のある頬がチリチリと痛むような錯覚を覚える。
「……上が『マナの構造を見抜く目を持つ小僧がおる』やなんて大騒ぎしとるから、どんな化物かと思て警戒しとったけど……。これりゃ、悠長に構えとる場合やないな。ぐずぐずしてたら、こっちの計画まで根こそぎひっくり返されてまう」
携帯用の通信魔道具を取り出すと、短い暗号符を打ち込む。
「急いで次の仕込みに入らんとアカンな……。あの小僧が塔の核心にたどり着く前に、全部片付けたるわ」
ロキシーは不敵に口元を歪めると、足音ひとつ立てずに夜の帳へと溶けて消えていった。
一方、白亜の塔の裏門前。
衛兵に両腕を押さえつけられながら、ユーリはロキシーが消え去った暗がりを静かに見つめていた。
「おい、大人しくしていろ!」
怒鳴りつける衛兵の声を軽く受け流しながら、指先で石畳の隙間に落ちていた小さなカードを器用に拾い上げる。
それは、金属製の従業員証だった。
刻まれた文字を【眼】でなぞる。
(……タートル清掃会社、か)
ロキシーの嘲笑とは裏腹に、その瞳には冷徹な観察の光が宿っていた。
あの不自然な足止め、蝶番に残されたマナの澱み、そしてこの従業員証。
繋がった糸の先を辿るべく、思考を巡らせる。
(……よし。次に向かうべき場所は見えた。……だが、まずはこの目の前の状況を片付けないとな)
視線を正面へと戻すと、そこには白銀の甲冑を軋ませ、腕を組んで仁王立ちになったエリアナが、氷刃のような厳格な眼差しでこちらを真っ直ぐに睨みつけていた。
第11話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
業者になりすまし、コテコテの西方訛りでユーリたちを足止めしようとする謎の女性・ロキシー!
デタラメな魔獣話にノリノリで乗っかったキャシーの「ヒョウ耳つき珍妙キメラ」に本気で腰を抜かすリアクション、お楽しみいただけましたでしょうか?
しかし、大混乱の裏門に駆けつけたのは――白銀の甲冑を纏う「氷の女帝」、聖騎士団長エリアナ!
一網打尽に拘束されてしまったユーリたちですが、逃げ去ったロキシーが落としたカードには『タートル清掃会社』の文字が……!
次話、ついにエリアナの厳しい尋問が始まる中、突如として壁を粉砕し現れたのは――巨大な暴走魔獣ライノセロス!
絶対零度の魔導剣が暴走し、死の淵に立たされた騎士団長を前に、少年が動きます!
「ロキシーの業者になりきったノリツッコミが面白すぎる!」
「キャシーの変化に本気でビビる敵キャラに笑った!」
「拾ったカードが次の手がかりになるの熱い!」
と少しでもワクワクしていただけましたら、
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次話【第12話:氷壁の門番と、無音の咆哮】へ続きます。
次回は11時40分頃更新です。
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