八話 燻る想い
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午後の授業の後だった。
学園の庭園の中心には細やかな彫刻が施されたガゼボがある。ライオラは幼馴染のフィオーネとティータイムを嗜んでいた。
庭園に咲くバラの甘い香りを楽しみながら、ハロルドが淹れてくれた紅茶を口元に運ぶ。その時、皿が割れるような声がライオラの耳を突いた。
「そんなぁ……っ、ライラ、殿下にふられちゃったのー!?」
ライオラは彼女に愛称で呼ばれていた。
「フィオーネお嬢様、声が大きいですよー! しー!」
「わあ、ごめんさない……」
「いいえ、いいのよ?」
大きな声を発していたフィオーネを、従者のエリオットがしーっと人差し指を立てて窘めた。
彼女とは元々親同士の仲が良く付き合いは長かった。ライオラにとって気兼ねなく話せる親友の一人。フィオーネはわなわなと震えながら心配そうな顔をしている。
「でもなんで……ふられる理由がわからないわよ、ライラァ……」
「ええ。でも気にしないでフィオーネ、私は殿下をお守りし続けますから。役目は忘れていないわ」
「ひ、開き直っているわ! それはライラがかわいそうよ、なんで殿下はライラとの婚約を破棄しちゃったの? ライラとずっと一緒にいたじゃない? ……ああー! もしかして好きな人が出来ちゃったの!? ふしだらだわ! 不誠実なのだわー!」
フィオーネがきゃーっと顔を赤くして手で覆う。彼女の言葉にすんと表情が落ちた。
――好きな人……?
突然、先程まで感じていたお茶の香りがしなくなった。ピタリと手を止めてカップの中を見ると、ゆらめく水面に、硬い表情の色のない顔が浮かんでいる。
「まったくです。お嬢様のこれまでの献身も知らないで。身の程知らずの大馬鹿も大馬鹿ですよ、あいつは」
「……言いすぎよ、ハロルド。フィオーネもよ?」
「でもライラ? 殿下に新しい婚約者が見つかったらどうするの? 今度の舞踏会だって……」
「新しい……」
息が詰まる感覚がする。のどの奥で、固く重い何かが引っ掛かったかのよう。
――殿下はいずれ妻を迎えるわ……だって第一王子だもの。
いつかマルクトの隣に立つのは己ではなく見知らぬ誰かで。
ツキリと胸が痛む。
ライオラが彼の婚約者として選ばれたのは、もはや物心つく前のこと。いつだったかは、覚えていない。
――婚約を破棄されたということは、そういうことだわ。
将来を誓い合ったはずの男が、別の誰かと家族になる。
吸い込む空気が重い。息が止まりそうだ。
「私は……」
「ライラ……」
「なら……そのお方も私がまとめて守って差し上げます!」
ライオラはきりっとした表情で言った。
「ええー! ライラ、どうしてそんな簡単に振り切れるのよぉ」
「お嬢様。ならばお嬢様のことは私が一生をかけてお守りいたします」
「あら、頼もしいわハロルド。私の背中は貴方にまかせるわね」
「仰せのままに」
「えー! エリオット、この二人ずれているわぁ!」
「本当ですね……」
どんなに考えたって、彼の言葉が覆るわけではない。
「私、泣かないわ。泣いたって意味がないもの。殿下をお支えするのが私の役目。それに私にはフィオーネがいるわ、ハロルドも。勿論エリオットだって。ねえ?」
ライオラはにこりと笑みを強くする。
「ん。あれ? あそこにいるのって、殿下とユーゴさんじゃ?」
突如フィオーネの側に立っていたエリオットが、突然気付いたように遠くを見て言った。
殿下がいる、その言葉にエリオットの視線の先を目で追う。
バラの低木が並ぶ向こう側に、黒髪の彼とその彼の傍に立つ従者ユーゴの姿を見た。二人は庭園の奥に向っており、徐々にライオラ達から遠ざかっていく。
「噂をすれば殿下たち! 庭園で……まさか新しいパートナーとの密会じゃ!?」
「フィオーネ、密会だなんて。それから、変な噂話を広めてはいけないわよ?」
そう言いながら、ライオラはマルクトから目を離せなかった。彼の背中に小さな少女が乗っている気がしたのだ。
――妖精? 殿下、どちらに行こうとしているの……?
妖精は何やら遠くを指さしているようだ。また魔物でも現れたのか。
「ライラ?」
「ごめんなさい、フィオーネ。私、休養を思い出したの。お暇させていただくわ。今日はお茶会に誘ってくれてありがとう」
「ライラ、元気出た?」
「ええ、勿論よ! 少々急いでいるから、失礼するわね」
「あ、お嬢様。お待ちください!」
「ハロルド。貴方には、ここの片づけを任せてもいいかしら?」
使ったカップ等を放置してしまうのは忍びない。だがハロルドの返事よりも先に、エリオットが首を振りながら口を開いた。
「ハロルドも行きなよ。俺がやっとくから」
「そうよハロルド。ライラを一人にしないで……? お菓子は私とエリオットが全部食べちゃうけど……いいわよね?」
フィオーネとエリオットの主従が優しい笑みを浮かべている。フィオーネはすぐにエリオットの分の取り皿を手に取ると、モリモリとクッキーやケーキを乗せていく。
――彼、そんなに食べられるかしら……。どうしましょう。ハロルドがいると、魔法少女の件がばれてしまうわ。
妖精はマルクトをどこかに連れて行こうとしているようだった。もしまた魔物が現れたのだとしたら、殿下は魔法石を使うだろう。
「……」
「……お嬢様?」
「なんでもないわ。振り回してしまってごめんなさい、ハロルド」
「いいえ。お嬢様の為なら何でもこなします」
「ふふっ、ハロルドったら」
きりっと眉を寄せて言う彼に、笑みがこぼれる。
――まあ、なんとかなるわよね?
マルクトを見失う前に。急いでガゼボから出るとマルクトが向かったであろう先へと進んだ。




