※七話 婚約破棄のワケ
※※※
マルクトは学園の図書室にいた。
背の高い本棚が連なった広い部屋、奥まった場所にある一室。マルクトは気難しい顔で、従者と机を挟み向かい合って座っていた。
「ユーゴ……ハロルドが邪魔をする……」
従者は白銀の髪を後ろ向きにまとめており、飴色の瞳でマルクトと顔を見合わせている。じとりと見つめてくるユーゴの瞳は、主人の態度に呆れているように見えた。
「それは殿下に原因があるからでしょう」
「そ、それはそうなんだが」
「いつも唐突すぎるんですよ、殿下は」
「うっ」
痛いところを突いてくる。
教室での、ライオラに話しかけるなと言わんばかりの彼女の従者の目。まるで仇を見るような目だったと、ハロルドの鋭かった眼光を思い出す。
「俺もハロルドの気持ちがわかりますよ、殿下。ライオラ様に同情します」
「ユーゴ! ま、まあ、急すぎたのはわかっているんだ。ただ学園にいるうちに伝えたほうがいいと思ってだな……はあ……」
言い訳をしているうちに居心地が悪くなり、ため息を吐きながら腕を組んだ。
「まったく。貴方は昔から言葉足らずなのですから」
ユーゴとはライオラやハロルド達と同じように、幼少の頃からの付き合いであった。気心の知れた相手だ。
「そんなに言葉足らずか……?」
「はい。言葉足らずですよ、マルクト様は」
はっきりと告げられ、グッと言葉に詰まる。
「正直にお話しした方が良いかと。婚約破棄すると言っただけではエーデル家も納得しないでしょう。今のままではライオラ様も哀れです。あの方はあなたと骨を埋める覚悟はできていますよ」
「だが、ライオラは」
「魔界との国境付近の結界が弱まっている今、王国領にいつ魔王軍が攻め込んできてもおかしくない。即位もまだの貴方様は、直に騎士団長の座を賜る予定です。今よりも前線に立たされることでしょう。ライオラ様に国を背負わせたくないとお考えになり、彼女を遠ざける為に婚約を破棄されたいと思うのは結構ですが……」
ユーゴの声は硬く聞こえた。
――話せばいいんだろう。だが彼女がそれで納得しないのは、お前だってわかっているくせに。
ライオラの努力はマルクトも知っていた。彼女が自分の為にこれまでの時間の殆どを捧げてくれていたことも。
巻き込みたくないから別れてくれと言って、簡単に離れてくれる子ではないだろう。
ユーゴに言い返すつもりで口を開く。
「……魔王軍が狙うのは王家だ。かねてより争いの中心は魔王側と王国側にあった。俺は国を守らなければならない。ライオラが正式に王家に入れば彼女も魔王との衝突からは逃れられないだろう」
「それはそうですが」
彼女はこれまで、年頃の令嬢として過ごせたであろう自由の時間を、第一王子の婚約者という肩書きのせいで手放してきた。
自由にさせてやりたい。
王家の問題に、これ以上彼女を巻き込みたくなかった。
「それで婚約破棄ですか……やれやれ」
従者が肩を落として大きなため息を吐く。
「彼女を遠ざけたいのなら、教室で今みたいな情けない顔をして呼び止めないことですよ、殿下」
「! あ、ああ……ごもっともだな」
その時、上着の中が揺れる感覚がした。
「……ぷっはー! もうポケットのなかはきゅーくつすぎますよォ!」
妖精がばっと胸ポケットから顔を出した。そしてぞもぞとマルクトの上着から這い出て来る。
彼女は「よいしょ」と言いながら机の上に降りると、どすりと尻もちをついて座り込んだ。
「魔法少女さまは、あのおねえさんとけんかちゅうです? おわかれするんですか? すきじゃないですのー?」
妖精のくりくりとした目がマルクトを見上げる。まるで純粋な心を持った子どものよう。
「誰が少女だ。俺はこの国の王子だぞ。よく見ろ、どこからどう見ても女じゃないだろうが」
「ううーん、ほんとうなら魔法石とけーやくできるのはおんなのこだけなのに……」
「殿下がハルツベルンだからではありませんか? 妖精の君よ」
「ハルツベルン? ああ! けさ、あのおじさんがいっていたおはなしですね! なつかしいですねぇ」
「おじさんじゃない、カロス先生だ……そういえばお前、名は? 聞いていなかったな」
妖精の能天気な性格に頭痛がし、眉間を抑える。
「ワタシですかぁ? ハルっていいます!」
「ならハル、聞くがな。なぜ魔法少女を探していた? しかもライオラを」
「りゆうですか?」
表情を固めてハルを見下ろす。こてんと首を傾げた彼女は、人差し指をくちもとにあてると「うーん」と考える仕草を見せた。
「おんなのこ……魔法がつかえるおんなのこをさがしていたんですの」
「だからそれは何故だ」
「むかし、せかいをすくったのがおんなのこだったから」
「アイシア妃殿下のお話ですね。この国に伝わる魔法史の。今朝カロス先生のお話にもありましたが」
「わあ、そうです! アイシア! アイシアさまです! 人間のおんなのこ!」
上機嫌そうに頷くハル。
「ハル、ずっと上着の中にいたなら授業は共に聞いていただろう。アイシア妃の伝説は三百年も前の話だ。彼女はもうこの世にはいない」
「はッ! そうなのですか! でも、あのおねえさんからはあいの魔法のちからをかんじましたですよ! アイシアさまみたいな!」
見た目は幼いが、ハルは口ぶりからして相当長生きしているようだ。
「どうしてとのがたなのに、おうじさまとけーやくできちゃったんでしょう?」
「それは殿下がアイシア様の子孫であられるからですよ、ハル殿」
「しそん? そ、そうなのですか?」
「俺はマルクト・フリードリヒ・ハルツベルン。アイシア妃が嫁いだハルツベルン王家の者だ」
「ええー! しそんだからけーやくできちゃったのですのォ!?」
妖精はきゃーと叫んで飛び跳ねる。
「だからなのですねぇ! じゃあ、魔法石がおうじさまをえらんだのはまちがいじゃないかもですの!」
「頭が痛い話だな……あのステッキの形状と呪文はどうにかならないのか」
「ダメですよー。アイシアさまの呪文とステッキなのです! かえられませんです!」
ハルは体の前で腕をクロスさせて言った。
「あんな可笑しな呪文で魔王と戦ったというのか……?」
マルクトの口元が引き攣る。
国の歴史に残らなくて良かったと心底思う。記録に残されていれば、国中の魔法の呪文は全て『ラブ』が冒頭についていただろう。
「おかしくないです! さいきょうの魔法はまっすぐなあい! まっすぐなことばがいっちばんきくんですから!」
花が咲いたような笑顔を向けられる。
――まっすぐな愛? 彼女を傷つけた俺が?
自ら婚約者を手放したというのに、アイシアのような愛の魔法を扱えるとでも。
婚約破棄を言い放った後のライオラの顔を思い出す。爽やかな青い瞳が、いつもの彼女の可憐な少女の面立ちからは想像できないほど、割れてしまいそうなまでに見開かれていた。
――愛など、俺に語る資格はない。
机の上に出した手を強く握る。
「……おうじさま?」
「……こんな俺が愛の魔法などとはな」
吐き捨てるように言う。口から溢れでた言葉は、酷く低く響いていた。




