四十二話 マジカル・ラブ
「きゃー! まおーさまの魔力があばれてるですのー!」
「ライオラ、風はここだけだ! 離れていろ!」
マルクトの腕に捕まりながら、ライオラは悠々と立つ魔王を見据える。
――魔王と魔物達は風の影響を受けていない……。
ライオラ達だけ、魔王の魔力に異物として判断されているのだろう。風はすり潰さんとするかのように強く吹き続けた。
マルクトの手に緑の光が灯る。光はすぐに掻き消えたが、体を打ちつける風は弱まり息をするのが楽になる。
「……フッ、無駄だ」
魔王の嘲笑が耳に障る。無駄だというが、わずかでも霧は晴らせたのだ。希望はある。威力がもっとあればいいのだろう。
――魔法石の魔法、愛の魔法……アイシア様は魔法少女に選ばれた……魔法少女? そういえばステッキは何のためにあるのかしら?
急に湧いて出た疑問にライオラは唸った。魔法石がマルクトを選んだ時、石は瞬時にステッキに変わった。わざわざ変身衣装も用意されている。魔法を使わせるためだけなら、マルクトが現在ステッキなしでも魔法を使えているあたり、必須ではないはずだ。だがなぜ用意されているのか。
――もしかして……変身した方が威力が上がったりして……?
ライオラはマルクトの顔を見上げた。
「いいえ、まだやれる……マルクト様、あれを!」
「あれを……?」
怪訝そうな彼の顔。
「マルクト様、やりましょう。私も一緒におりますから」
「やるって……まて、何を言い出して」
「殿下、石を! 変身してください!」
「!?」
彼が目を大きく開けた。
「あのステッキ、あの衣装は愛の魔法の化身……アイシア様が、魔法を使える少女だから魔法少女であるとハルが仰っているわけではないと思いましたの。あの装備を含めて石の使い手が『魔法少女』なのですわ!」
「何を言ってるんだライオラ、さっぱりわからないんだが!」
「さっすがライオラさんですの!」
マルクトの手を取り握りしめる。
「さあマルクト様! ミラクル・メイクアップ、ですわよ!」
「こんな状況で!? ……というか、久々に聞いたな」
彼に詰め寄る。
魔法石の使い手はマルクトなのだ。
「言ってください! ミラクル・メイクアップ! マルクト様、私では変身できませんでしてよ!」
躊躇している様子の彼の背中を言葉で押す。
――石の魔法を完全に使いこなすには、あのステッキが必要なの。さあ、マルクト様!
強い意志を持って彼を見つめ続ける。やがて心が折れたマルクトは、懐から石を取り出すと掲げた。
「……ミラクル・メイクアップ」
きらりと魔法石が光を放った。桃色の細やかな光がくるくると円を描くようにマルクトを包み、彼の着ていた騎士礼服が、黒地にピンクのステッチをあしらった煌びやかな礼服に変わっていく。手元にはステッキが握られ、学園で見た変身衣装に切り替わっていた。
「……さあマルクト様、もう一度行きますわよ!」
「……ああ」
変身したことで石の魔法が強化されたのか、彼からは温かな魔力の波動を感じる。
――できる、私達なら。
「マルクト様……私に続いてくださいまし!」
思い浮かべるは、彼の為に考えた愛の魔法の呪文。この国の未来を、魔物達と共生するための未来を築くために、心を込めて呪文を唱える。
ライオラの足元に黄金の光の粉が舞った。それはマルクトも包み込み、
――愛の魔法は希望なのだわ!
すうと息を吸い込んだ。
「行きます、マルクト様ッ! ……マジカル・ラブ・エターナル・シャイニングフレア!」
「……ああ! マジカル・ラブ・エターナル……シャイニングフレア!」
風が光の粉を散らしながら足元から巻き起こる。マルクトのステッキの石が強烈な光を放った。先端からは黄金の光が伸び、上空に浮かぶ魔王の魔力を撃ち抜いた。空気が暖かく膨らむのを感じると、塊から割れる音が聞こえそれは粉々に砕け散った。
周囲の霧が晴れていき、空からは青空と陽の光が差し込み始める。
――……綺麗。
ライオラとマルクトが放った愛の魔法の残滓が星のように空に輝き舞い落ちてくる。その中に混ざるように魔王の紫色の魔力のカケラが舞っている。
「や、や……やりましたですのー! ライオラさん、おーじさまー! まおーさまのちからにかったですのー!」
ハルが先程の強風でボロボロになった髪型でくるくると空を飛んでいる。
ライオラはマルクトと見つめ合った。宙を舞う光の粉が、彼の髪や目を輝かせている。綺麗だと、そう思った。
――ああ、これが魔法なのね。
そっと彼から目を離し、魔王の方を振り返る。彼は魔力の塊が砕けた後の空を眺めていた。
「…………石の選定は、間違っていなかったのか」
ぽつりと呟く声。
マルクトが靴音を鳴らしながら魔王に近付く。ステッキを持つ手を下ろし、空いている手を彼に向かって差し出した。
「魔王。貴殿の憂いを、少しは晴らせただろうか」
「……」
「約束する。必ず俺が新たな時代を作る。だからどうか、もう一度信じてほしい」
「……そう言ってアイシアの言葉を裏切ったのはお前達だ」
「そうだな。だが二度とさせない。そんな世界を作ろう……約束する」
「……ふん」
魔王はマルクトの言葉を真剣な表情で受け止めているようだ。やがて、鋭い眼差しで固く閉ざしていた口を開いた。
「……失望させるなよ、マルクト王子。……どうやら君の心を継ぐ者がまだいたようだぞ、アイシア」
そう言って魔王はくるりと向きを変え歩き始めた。彼はマルクトの手を取ることはなかった。やがて後ろ姿は揺らめき、霞のように消えていく。気が付けばムーンベアと黒狼の姿もない。
――連れ帰ってくださったのかしら……?
手は取ってくれなかった。だが、微かに微笑んでい気がした。
きっと信じてくれただろう。
暖かな陽の光がライオラ達の元にも降り注いだ。マルクトがライオラを振り返ると、その瞳がきらりと輝いて見えた。ライオラの前まで歩み寄り、彼はその場で片膝を付く。
「ライオラ……」
「マ、マルクト様!?」
突然の彼の行動にライオラはわっと驚いた。王子が下の者に頭を下げるなど! 戸惑いながら、伏せられた彼の頭を見下ろす。
「マ、マルクト様、あ、あの」
「ライオラ、君は……どうしてここまでするんだ」
彼の少し呆れているような、少し弱々しい声が聞こえる。
「そ、それは」
「俺の側にいたって碌な目に合わないかもしれない。君に婚約破棄を突きつけても、それなのに、ずっと側にいようとする」
マルクトの言葉は独白のようだった。コトリと彼はステッキを地面に置くとライオラを見上げた。
困ったような眉の端が下がった顔。いつもより幼く見え、胸がキュッと絞まるような思いがする。
「ライオラ、もし許してもらえるのなら……」
まるで乞われているかのような声だった。
「ライオラ・フォン・エーデル嬢。もう一度……俺の婚約者になっていただきたい」
ドクンと鼓動が跳ねる。マルクトの顔が、瞳が、視界がやけに明るく見えた。
「マ、マルクト様」
「……君を傷つけてばかりだった。遠ざければ安全だと思い込んでいた……だが、そうじゃなかった。俺が守ればいいんだ。君が守ってくれるように。こんな男だが……もう一度君の手を取りたい。どうか、応えていただけるだろうか?」
彼の手が差し伸べられる。見ると少し震えているかもしれない。魔王と相対した時、あんなにも堂々としていた彼が、目の前で。
――どうして、マルクト様。
ライオラは詰まりそうになる息をなんとか堪えた。そしてあることを思い出し、ハッとする。頭の中で思い出したのは、学園のダンスパーティーの日のこと。彼が贈ってくれたドレスを選ばず、父がくれたドレスを選び着て行ったあの日。彼はひどく驚いていた気がした。
――あの時、まだ私に心があったのね……?
彼がどんなに突き放そうと、ライオラは臣下として支え続けると決めていた。
だから彼の言葉の答えなんて決まっていて、
「……勿論ですわ、マルクト様。だから……もう離さないでくださいな!」
彼の手を取った。頬が痛い気がするが、上手く笑えているだろうか。
景色が一瞬潤みぼやけたように思う。
青空が覗き始めた暗雲の下で、より鮮明に彼の顔が見えた気がした。




