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エピローグ

 学園のテラス席で、ライオラは紅茶の味に舌鼓を打った。

 ハロルドが淹れてくれたジャスミンの紅茶は、春を迎える前の庭の景色に華やかな香りを持たせてくれた。


「んー! ハロルドさんのクッキーはやっぱりおいしいですのォ!」


 焼き菓子を頬張ったハルがうっとりと言う。

 聞こえてきた耳をくすぐるような声に、ライオラは笑みを浮かべる。


「ふふ、ハルったら冬休みの間もずっと食べていたじゃない」

「ええお嬢様、毎日焼いていたような気がします」

「ハッ! ワタシまいにち食べてたですの!?」


 ハルがゴマ入りのクッキーを抱えながら驚いて飛び跳ねる。


「ハル、王城にいないと思ったらお前……ライオラの所に入り浸ってたのか」


 ライオラの向かいに座っていたマルクトがハルにそう言った。彼の口の端は少し引き攣っている。


「だっておうじさま、みつからないんですもーん!」


 ぶーとハルはしかめ面をした。その顔がまた可愛らしく、つい笑ってしまい口元を手で覆った。


「ふふ、でもおかげで私は退屈しなかったわ。話し相手がいて」

「ライオラ、ハロルドが腱鞘炎になってたかもしれないんだぞ」

「なりましたよ、殿下」


 そうハロルドはライオラの側に佇みながら手首を回して言った。確かに一時期包帯を巻いていた日があったことを思い出す。あれは焼き菓子の作り過ぎだったのか。


「ハル、迷惑をかけるんじゃない……」

「いい練習にはなりました、殿下。一生分の焼き菓子を焼いた気分です。次年度のスイーツコンテストに志願でもしてみますか……フッ」


 確かに休みの間はティータイムのお供が多かったものだ。

 紅茶をまた口に含んでいると、マルクトと目が合った。彼もティーカップを持っており、ちょうど飲もうとしていたらしい。


「……マルクト様?」

「その、ライオラ。あの後父から何も言われていないかと」

「はい……? 何のことでしょうか」


 思い当たらず首をかしげる。


「俺が一度、君に婚約破棄を申し出たことなんだが」

「婚約破棄……国王陛下から? いいえ、何もお話はありませんでしたわ。確か魔王様が帰られた後、クロード殿下がお騒ぎになられていましたものね。お話を聞いた瞬間の陛下の顔は魔王様より恐ろしかったですわね、ふふふ」

「ああ……城にいる間は常に問い詰められた……」

「あら、大変でしたのね……」


 マルクトが空になったティーカップをソーサーに戻した。中身が見えたのか、ハロルドはすぐに彼のカップに熱い茶を注いだ。


「殿下もお疲れさまです。被害に遭った駐屯地の整理に魔界との交渉。色々山積みだったそうで? ですが忙しいところ悪いですが、この数か月間、お嬢様の心をもてあそんだ罪は償っていただきますよ?」

「ああ、そのつもりだ」

「マ、マルクト様。私、婚約破棄をお考えになられたお気持ちは、わかっていますから。ですからハロルド、あまり殿下を脅さないで?」

「ダメですよお嬢様、簡単に許しては。貴方様を泣かせたこの男を、私は許さない」

「わあ、ハロルドさん! ライオラさんのナイトさまみたいですのー!」


ハルが眩しい笑顔で、クッキーを食べながら言った。

 彼らから視線を外し、庭園を眺める。


――花もだいぶ少なくなったわね。でも……。


 庭園の端に方に、薄い黄色く色付いている花を見つける。

ついふた月ほど前に、この庭園が見渡せる同じ席で彼から婚約破棄を言い渡された。そしてここは彼が『魔法少女』になった場所でもある。


「もうあの日から二か月も過ぎましたのね。ハルの運んでくれた魔法石が、マルクト様を魔法少女に選んでいなかったら……王国はどうなっていたのでしょう」

「ライオラ、魔法少女と呼ぶのは止めてくれ……どう見たって俺は少女の見た目をしてないだろう」

「ふふ、でも伝承に残る『光の戦士』より、『魔法少女』の方が、愛の魔法に合っていて私は好きですわよ」

「私もお嬢様に賛同です。いい響きじゃないですか、殿下。魔法少女兼次期騎士団長という立派な肩書がつきますよ」

「立派に見えるか!」

「ふふふ」

「ははは」

「はぁ……」


 彼とこんな和やかなティータイムを迎えられるだなんて。ライオラはマーブル模様のクッキーを一つつまんで齧り付いた。じわりと口の中に砂糖の甘みととバターの匂いが広がる。

 そういえばと、ある予定を思い出す。


「マルクト様、再来月の王城での舞踏会ですが……魔王様はお誘いになられますの?」

「おおお! おうじさま、まおーさまにしょうたいじょうを出すですの!? ……ウグッ! げほげほげほ!」

「大変だわ、ハル! お茶を飲んで!」


 ハルの小さな口から大きくせき込む音が聞こえてくる。クッキーを喉に詰まらせたのだ。慌ててハルの為に用意された小さな人形遊び用のカップに茶を入れると、自分の咳で飛んでいきそうになっている彼女に手渡した。


「げほげほ! ……ぷはー、助かったですのォ……」

「良かったですわ、ハル……」

「妖精でも喉に詰まらせることがあるのか……」


 目の前でマルクトが不思議そうに、感心したような声で呟いているのが聞こえた。


「ふうー……おちゃのおかわりいいですかー?」

「はい、ただいま」


 ハロルドは器用に小さなカップに注いだ。


「はぁ……再来月の件だが……そうだな、招待状を出してみるか」

「まあ、マルクト様そうこなくては! あの方だって一国の王、決して魔界の主という恐怖の象徴ではありませんわ。もしかしたら……ダンスはお得意かも?」

「想像つかないな……招待状は出すには出すが、果たして来るのか……?」

「来てくださるかもしれませんわよ?」

「ですです!」


 ハルと顔を見合わせて笑う。


「おーい、姉上ぇ! あ、兄上もいた」


 にこにこと笑っていると、テラスの入り口から元気な声が聞こえて来た。制服のジャケットを上下に揺らしながらクロードが駆け寄ってくる。少し遅れて、クロードの後をユーゴが追いかけて来た。


「クロード殿下、はぁ、はぁ、お待ちください……」

「ごめん、ユーゴ。つい……」

「クロード、ユーゴを走らせるな、まったく。留学先で礼儀作法を学んできたんじゃないのか?」

「え、何のこと? あ、学食すごいおいしかったよ。兄上にも食べてもらいたかったな」

「おい……」

「あはは。ところで兄上たちは何の話してたの?」

 クロードの性格は明るい。ハルにも負けない程だろう。そういえば、


――クロード殿下の周りにあった話は、どうなったかしら。


 弟と楽しそうに話すマルクトを見つめた。

 南国の姫の子ではないかという噂のあるクロード。南国と言えばガートフィールド家のその後も気になるところ。


――お父様から聞いた話だと、王城で大きな配置転換があったって。クロード殿下の護衛の一人が辞めたとも聞いたけれど……もしかして南国に関わりがある方だったのかしら。でもマルクト様もクロード殿下も何も言わないわ。


 外交を押し進めていた派閥が解体され城を去った者や他の派閥に入った者がいるそうだが、王都では目立った騒ぎになっていない。


――陛下達が隠してるのかしら。クロード殿下も特に何も言わないわ。まるでいつも通り……この人は関係ないのかもしれないわね。だって、マルクト様とこんなにも……。


 ただの仲のいい兄弟にしか見えない。留学前の彼らの様子と何ら変わりないように思える。


――魔王様による黒霧騒ぎの後、マルクト様の魔法石の存在も公にされた。


 アイシアの再来かと、直近の配置転換よりも騒がれていたことを思い出す。魔法石の存在も国王やその周辺には知らされた。

 南国の動きが読めない中、不安はある。だが、何が起ころうときっと大丈夫だろう。


――私達には『愛の魔法』があるもの。


 慈しむ心。それは長年の間、人間界と魔界との壁を破壊し両者をつないだ魔法。

 微笑ましく二人の様子を見守っていると、またマルクトと目が合った。


「……ああそうだ、ライオラ」

「はい? なんでしょう、マルクト様?」

「この間は伝えていなかったと思ってな……」

「この間、ですか……?」


 少し気まずそうな顔を浮かべるマルクトに疑問に思う。

 何だろうと思っていると、彼はゆっくり口を開いた。


「先日のダンスパーティーは、その……すまなかった。再来月もどうか、俺と踊ってもらえるだろうか」

「あら」


 そんなことを、とライオラは拍子抜けする。

 気後れしているような彼の様子がどうしてかおかしくて、目じりに涙を浮かべながら笑った。


「そんな、マルクト様……うふふ、ふふふふ」

「え、兄上。すまなかったって? 婚約破棄以外に何やったの」

「あの日のお嬢様に対するエスコートは見てられませんでしたよ……やれやれ」


 首を横に振りながら言うハロルドに、クロードが表情を厳しくさせた。


「兄上……?」

「お気になさらないで、クロード様……ああ、そうですわ! 私また貴方と義理の姉弟になれそうですし、昔の様にクロードとお呼びしてもよろしくて?」

「勿論だよ! 久々に会って、何で姉上が俺に敬称付けてたのかわからなかったけど、結構ショックだったんだよ? うーん、そうか、あれって兄上のせいだったんだぁ?」


 じとりと細められた目がマルクトに向けられる。

少しだけ床を引きずるような音が聞こえた。振り返ってみれば、ユーゴが隣の席から椅子を一脚引いてきているところだった。


「クロード殿下、よろしければこちらに。私もライオラ様の件につきましてはマルクト殿下に言いたいことが多々あり……」

「ユーゴもなんか言ってるけど……あーにーうーえー?」


 椅子に腰を下ろしたクロードは、上半身をずいっと乗り出すとマルクトの方に迫っていった。


「もう、あの時婚約破棄してたって聞いた時、俺心臓が止まるかと思ったよ。魔王だって、うわぁ……みたいな顔してし」

「待て、魔王が知ってるだと?」

「ああ、うん。なんか流れでさ……ね?」

「……なぜ」


 マルクトが口を開いて固まった。そんな彼を見ながらライオラはニコリと笑って言った。


「マルクト様、次は最初からエスコートをお願いいたしますわ?」


今度こそ彼に手を引かれて歩くのだ。大広間の舞台を。



◇◇◇



 二ヶ月後、王城にて。

 星空が綺麗な澄んだ夜、ライオラは揺れる馬車の中で、夜の空気の冷たさを胸いっぱいに満たした。

 エーデル家から走らせていた馬車を降りたライオラは、薔薇のような深紅のドレスに身を包んでいる。ドレスは細やかな光の粒で彩られ、ビジューの煌めきはまるでマルクトの瞳のような輝きを放つ。

 ライオラよりも先に馬車を降りていたハロルドが、招待状を城の騎士に渡した。

 石の床に降りたライオラは城の内部へと続く大階段を見上げる。階段の先には、王子の礼服を纏ったマルクトが。


「ライオラ・フォン・エーデル嬢の御成です!」


 招待状を確認した騎士が名前を読み上げた。

 階段を駆け足気味で気味で彼が降りてくる。


「ライオラ」


 彼の声が鼓膜を揺らし、漂ってくる薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。


「お待たせいたしました、マルクト様」


 彼の側に歩き出すと同時、ライオラの金糸の髪が揺れる。彼女の髪は纏ったドレスの王家の赤色をより際立たさせた。

 差し出された手を取り、階段を登る。

 足元を見る必要はない。意気の合った足取りで、大広間へと向かった。



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