四十話 暗闇の中で
先導する黒狼を追いかけ続ける。
青い光を頼りに進んでいると、突如耳をふさぎたくなるような音が聞こえた。まるで獣の咆哮のような声だった。
「なっ! はぁ……はぁ……マルクト様ッ」
走り続けているせいで、肺がつぶれそうな程苦しい。黒狼は鳴き声が聞こえて来た方に向かっている。
――もしマルクト様がいたら……! はやく行かなければ……あっ。
気持ちが焦っていたせいか、足元を見ていなかった。カツンと足が固いものにぶつかり膝を擦りむきながら転ぶ。どうやら石畳の段差に躓いてしまったようだった。
「ライオラさん!」
ハルが慌てた様子で眼前に舞い降りる。
「大丈夫、すぐに立ち……っ」
立ち上がろうとしたとき、右の足首にずきりと痛みが走った。捻ってしまったようだ。
「……こんなところで足を止めている場合ではないのに」
思い通りに動けぬ歯がゆさで、両膝に手をつきながら唇をかみしめる。
ハッハッと息遣いの音が聞こえ顔を上げると、少し遠くを走っていた黒狼が側に戻ってきていた。黒狼がライオラの腰辺りに向かい、滑らかな質感の毛で覆われた顔をこすりつけてくる。
「ライオラさん! のってっていってるですの!」
「乗る……この子に?」
「はいですの!」
ハルの返事と同時に黒狼が明るく吠える。
「よろしいの……?」
そう尋ねると、黒狼はさらにすりすりと顔を寄せて来た。
「いいですよー! っていってますですよ、ライオラさん!」
「まあ、なんてことなの。あなた人間に酷いことをされたのでしょう……?」
頭を撫でながらそう言う。嫌がる雰囲気はなく、黒狼はライオラの体の横にぴたりと寄り添った。
「本当にいいのかしら……」
迷う気持ちは残りながらも、ライオラは慎重に黒狼の体に跨った。狼の首辺りに両腕を絡めて掴まる。柔らかな毛の下から体温が伝わる。
――温かいのね……当たり前だわ。この子だって生きているのですもの。
今まで人間は幾つの魔物の命を奪って来ただろうか。
新しい時代を作ろう。あの人とならきっと出来ると、確かな思いを抱く。
ハルがライオラの服にしがみついた。黒狼が足踏みをする。
「いきます! っていってるですの! 掴まってください、ライオラさん!」
「ええ。お願い!」
人間一人を乗せているのに、軽いステップで駆け出す。早い、まるで風になったかのようだ。
揺れに合わせたように、ドクドクと鼓動がうるさく打つ。
――どうか、どうか間に合って……!
あの人を見つけなければ。祈りにも似た思いが胸を締め付けた。
風を切り進んでいくと、霧のモヤが明るくなっている場所に出た。このまま進めば王都の噴水広場にたどり着く。また耳を突き刺すような大きな鳴き声が聞こえた。
「魔物のけはいがありますの……!」
石灰色の石畳に視線を落とせば、不自然にひび割れたような黒い稲妻のような模様が目に入る。
――道が割れている?
魔王が言っていた魔力源が近いのだろうか。きっと彼もそこにいる。
噴水広場にたどり着くと大きな地響きを感じた。噴水の側には人影と、三体の人間二人分の差だけはありそうな大きなクマの姿をした魔物の姿が見える。ムーンベアだ。
「マルクト様!」
彼だ、そう確信して叫ぶ。
黒狼がひときわ大きく飛び跳ね、噴水の脇にタンッと軽やかな動作で着地した。人間を引き連れた黒狼が現れたからか、ムーンベアは「グウ」と泣きながらじりじりと後ずさっていく。
「黒狼!? ……ライオラ! なぜここに来た!」
マルクトの驚いたような声に、ライオラは振り返る。
「マルクト様! 貴方のサポートをしに参りましたわ!」
「危険なのがわからないのか! なぜ城に残らなかった!」
大きく見開かれた赤い瞳が薄暗い中で輝いて見える。
「城にはハロルドがいるわ。クロード殿下のことなら彼に」
「そうじゃない! 何があるかもわからないのに、城下町に降りて来るなんて!」
「マルクト様!」
ライオラも声を張り上げマルクトを見つめる。
「お一人にはいたしませんわ! だって私は貴方様を一生お守りすると決めたのです。貴方がどんなに突き放そうとしても……私は絶対に離れません!」
「……ライオラ」
マルクトの瞳が揺れているように見える。
物心ついた時から彼が婚約者だった。家同士が決めたことでライオラに拒否権などなかった。はじめは国の王子との婚約という物がなにかよくわかっていなかったようにも思う。だが、彼と過ごして、ライオラは愛しさを覚えていった。彼の笑った顔も不機嫌そうな顔も、従者と共にはしゃぐ彼の姿も、ライオラが一番知っている。
――私は貴方のために生きると決めているの。だから!
マルクトが国の為に命を投げうつのなら共に。
「婚約破棄の言葉一つで、私がいなくなるとお思いにならないで!」




