四話 マジカル・ラブ・サンダー
「殿下! エリオットが襲われてしまいますわ! 早く呪文を!」
「ライオラ、君も待ってくれ。なぜ何も疑問に思わないんだ! 明らかに呪文としておかしいだろう!」
「おかしくなどありませんわ。殿下、どうかエリオットをお救いください。さあ……ラブ・サンダーでございますわ!」
「っ、言えるか」
マルクトの耳の端が赤くなっている。だが恥ずかしそうにしながらもステッキは離さない。
「殿下!」
彼を促す。
やがてしぶしぶといったようすで狼に向って片手を伸ばした。空中には黄金に輝く魔法陣が浮かび上がり、中心部に熱が集中するのをライオラは肌で感じる。これは、通常魔法だ。
――だめよ! このままでは黒狼がけがを負ってしまうわ!
使うべきは妖精が言っていたステッキの魔法。
そっとマルクトの腕に手を添え、展開している魔法を止めようと試みる。
「マルクト様、傷付けてはなりませんわ!」
「ライオラ、何を言っている。あれは魔物だぞ。本来現れるはずのない場所に現れた。得体の知れない魔法を試す時間なんて無いんだ!」
語気を強めながらも、彼の目の赤い瞳は戸惑っているかのように揺れている。
一人で言うには確かに気恥ずかしいだろう。だが、二人ならどうか。
「……マルクト様、私も一緒に。ラブ・サンダーを」
「! ライオラ……」
ライオラの言葉に、マルクトはっとした表情を見せる。やがて彼は伸ばしていた手を下ろすと、ステッキをライオラとの間に掲げた。顔はまるで苦いものでも食べたかのように歪んでいるが。
「いいですわね、私と一緒に唱えてください。……マジカル・ラブ・サンダー!」
「ラ、ライオラ、……ッ、なんでこんなことに」
マルクトは言い淀む。
――なんてわかりやすくて、素敵な呪文なのでしょう。魔物を傷付けないで済むなんて。
一度呪文を言ってしまえば、羞恥心など消え去ってしまった。
ライオラは少しだけマルクトの腕に添えていた手に力を込める。
大丈夫、私がついている。そう彼を安心させるために。
婚約者でなくなったとしても、国の守護者たる務めを放棄することはしない。ライオラはふっと息を吐いて微笑んだ。マルクトの揺れていた瞳が彼女を見つめる。
「さあ、マルクト様」
「……あ、ああ」
彼の揺らいでいた瞳から、迷いの色が消える。
――殿下なら出来る……長年婚約者として見守ってきた私が断言するわ。
スッとステッキが黒狼に向けられた。
「ええ……では、ご一緒に! マジカル・ラブ・サンダー!」
「……マ、マジカル・ラブ・サンダー」
ステッキの先端から眩しい雷撃が伸びる。雷の線は狼の胴に絡まり、動きを封じ込めた。狼の長く掠れた鳴き声が響く。
これでマガツ森に帰せるのか、そう思うがなかなか姿が消えない。
「妖精様、消えませんわ! どうしたら良いのでしょう!」
「たぶんですけど、魔法のパワーがすくなかったんですの! もういちど、おねがいします! いつくしみの心がだいじですよー!」
「慈しみ……マルクト様! もう一度ですわ!」
「も、もう一度!?」
マルクトが目を大きく開きライオラを見てくる。今度こそ上手くいくと、彼女は強く頷き返した。
「大丈夫ですわ、私達なら出来ましてよ! マジカル・ラブ・サンダー!!」
「くっ、なぜ、俺がこんな変な呪文を何度も」
「マルクト様! 何もおかしくなんてありません! マジカル・ラブ・サンダー!!」
「ああもう、後でいろいろと聞かせてもらうからな、妖精! マ、マジカル・ラブ・サンダー!」
ライオラの声に背中を押されたのか、マルクトの声が大きくなる。先程よりも輝かしい雷の線が狼の体にぶつかり、捕らわれていた体は光の塊になると空に浮かび離散した。
「き、消えましたわ……!」
ライオラは驚き両手で口元を隠した。
「……消えたのか」
「おふたりとも、さすがですー! あいのちからで魔法はよりつよくなります! おおかみさんは、きっといまごろマガツ森にかえっているはずなのです!」
妖精は嬉しそうな様子でライオラとマルクトの周りを飛び回った。
「殿下! ライオラ様!」
門の側にいたエリオットが駆け寄って来た。
「エリオット、無事か」
「はい。殿下とライオラ様のおかげで。あの殿下……その杖は?」
「……今見たことは他言無用で頼む。君の主人のトルドー嬢にもだ」
「は、はい」
魔法のステッキを持った状態で話すマルクトに、目を瞬かせながらエリオットが頷いている。
「殿下、先ほどの魔法なんですけど」
「魔法がなんだ。エリオット、君は何も見ていない。学園内に現れた魔物については、俺が駐在の騎士団の者には伝えておく。今日のことは忘れろ。早くトルドー嬢の元に帰るといい」
「そうですわよ、エリオット。遅くなるとフィオーネが心配するわ?」
「ライオラ様……はい。お二人とも、ありがとうございました。さすがお二人はお似合いですね」
「なっ……」
「まあエリオット……」
思わぬ言葉にライオラは肩をすくめて悲しく微笑んだ。先ほど婚約破棄を言い渡されたばかりであることを彼は知らない。お似合いだと、周囲からはよく言われてきたものだが。
エリオットは頭を深く下げると立ち去った。
――いつかは先程の申し出も正式なものになるのでしょうね。
黒狼が現れたことで忘れていた胸の痛みが再来する。ライオラはマルクトを見上げた。彼は無言でステッキを見つめている。忌々しそうに杖を見ている彼の目は、ライオラがよく知る生真面目な性格の彼の一面とはまた違った表情を見せていた。
「魔法少女など……」
「すばらしかったですよ! すてきなラブ・サンダーでしたの! あいで、せかいをすくいましょー!」
妖精はえらく上機嫌そうだ。
「はぁ……」
彼からため息が聞こえる。項垂れた様子の彼の顔を覗き見た。
――すごく困っていらっしゃる……励まさなければ。
そう思い笑顔を作ろうとするが、顔の筋肉に力が入らない気がする。笑わないと。深呼吸をして、口角を無理やり上げた。
「……マルクト様、お疲れ様でございます。ミッション、コンプリートですわね?」
「くっ」
変身を解くには、マジカル・ミッション・コンプリートの言葉が必要だ。言い淀む様子のマルクトに、ライラはゆっくり頷きを繰り返すと自身の胸に手を当てた。
「大丈夫ですわ。最後までお付き合いいたします……さあ、マルクト様。マジカル・ミッション・コンプリート?」
「……マ、マジカル・ミッション……コンプリート」
二人の足元で花吹雪が全身を包むように舞い上がる。宙を踊っているのは赤い花びら。
マルクトの衣装は元の学生服に戻った。魔法石もころんとした石の形状に戻り、彼の手のひらに乗せられている。
「おつかれさまですー! ミッションはまだまだですよ! がんばりましょう、魔法少女さまー!」
「……はぁ、俺は男だと言っているだろう。あと、魔法少女とはいったい何なんだ!」
マルクトの怒りの滲んだような声。だが妖精はくるくると二人の間を飛び回り、聞こえていないようだった。




