三十八話 和解の力
どこまで行ったのだろう。
遠くが何も見えない暗闇の中、ハルの小さな光だけを頼りにマルクトを探す。
城を出て橋を渡り、城下町に出る。
明かり一つ灯っていない何も見えない街の景色に、ぞわりと身を震わせた。
――やはり霧が濃すぎて何も見えないわね……。
マルクトの為に愛の魔法の呪文を考えた日のことを思い出す。
――『愛の魔法』の研究の為に考えたものだけれど、通常魔法にも活かせるはずだわ。魔法は魔法だもの。
せめて足元を照らす光の範囲が広がれば。学園で習った指先に明かりと灯す魔法を思い浮かべる。その光の範囲を指先ではなく空中に変えられれば。
「……光魔法のライトでいけないかしら」
ぽつりと呟く。
ライオラは大気中の魔力を手のひらに集める為に集中した。強くなってくる小さな風の塊が手のひらの上で踊っている感覚。魔力が集まっている。くすぐられるような感覚の手を、ライオラは空に向って掲げた。ぱっと数歩分範囲を広げて明るくなった足元。魔法に気付いたハルが振り向いた。
「わあ! 明るくなりましたの!」
「出来たわね。これは明かりをつける魔法よ……でも、奥までは見えないわね」
「ですがですが! さっきよりはあしもとがみえるですの! ライオラさん、さすがですの!」
「ありがとう、ハル」
ハルの弾むような声が気分を明るくさせる。
「ハル、マルクト様の気配はするかしら?」
「ううーん……まおうさまの魔力がおおすぎて、よくわからないですの……たぶんこっちですの……?」
「難しいことを聞いてしまったわね」
「ごめんなさいですの……」
「いいのよ、行きましょう」
再びマルクトを探し始める。
コツコツと城下町の石畳の上を歩く音が鼓膜を打つ。
――以前城下町に来た時は、人通りも多くて賑やかでしたのに。まるで違う場所みたい……。
記憶と全く違う景色に、ライオラは唇をかみしめる。
――……この闇は必ず晴らすのよ。人と魔物が、手を取り合い共存していく未来を作らなければ。
ただひたすら行く先もわからず、城下町の中を歩き続ける。
突如、ガタリと近くから物音が聞こえ、勢いよく振り返った。
「わわわ、なんですの! なんですの!」
「ハル、大丈夫!?」
ライオラの胸元にハルが飛び込んでくる。
彼女を落とさぬよう優しい手つきで受け止めながら、物音がした方を振り向いた。暗闇の中からぼんやりと光る青い光が浮かぶ。それは二つの小さな点で、目のようにライオラを捉えていた。
「この光は……?」
「えええ、ライオラさん! 黒狼ですの! 魔物ですのォ!」
「魔物!? なぜ王都に魔物が……魔王はマガツ森の外には放っていないと……ああ、まさか!」
今になってアイシアの手記にあった、ガートフィールド家のことを思い出した。そして昨今起こっている大臣らが襲われているという魔物事件のことを。
――この黒狼は、きっと人間が呼んだ魔物だわ! あの時学園に現れた子たち同じ!
何者かによって王都に召喚させられた魔物。
ゆらりと青い光がうごめく。光の高さからして黒狼の目はライオラの腰よりも高い位置にある。以前学園に現れた個体よりは大きいだろう。ゆらゆらと、光は徐々にライオラの方に近付いてくる。
「ハル、この子は何か仰っていまして? 貴方なら言葉がわかるでしょう?」
「うう、ライオラさん……にげたほうがいいですの。このこ、しょうきじゃないですの……」
「そんな……! なら、なおのこと逃げてはいけないわね。助けるわよ!」
「だ、だめですの! ライオラさんじゃ、マガツ森にかえすことはできないですの!」
「できるできないを考えている場合ではありませんわ。やるしかないのよ、ハル!」
逃げたところで、黒狼の足の速さには敵わない。
「私の愛の魔法はすごい、だから最初は私が魔法石に選ばれていた……そうなのでしょう、ハル?」
「そ、そうですけど、でも」
「大丈夫、逃げませんわ、私」
恐怖はある。だが、逃げてはいけない。ライオラはしゃがみ、黒狼に向って両手を伸ばした。
グルルとうなり声が聞こえる。後ずさるな。
「さあ、おいでなさい。恐れる必要はないわ」
タンッと黒狼が地面を蹴る音がした。鋭い爪が伸びた前足が伸びてくる。ドンと体を強く押されたが倒れないよう踏ん張った。黒狼の深い毛が顔や腕に当たり、鋭い爪の生えた足がライオラを押し倒そうとするが、怪我をすることも厭わずその巨体を優しく抱きしめる。
「……怖かったわね、こんな町中に放り出されて……もう大丈夫よ……」
もがこうとするのを、腕の中でしっかりと抱き留める。このまま町中に放置されていては、この子はずっと怖い思いをしてしまう。
――お願い、どうか……怖がらせたくないの。
そう願ったとき、腕の中から黄金の光の粒が舞いだした。身体が春の陽気のような心地よい暖かさに包まれる。
「な、なにかしら、この光は……」
「ええ! どういうことなのですのォ! ライオラさんがぁ!!」
ハルの慌てたような声が響く。
光が消えると、黒狼のうなり声が「きゅうん」と弱弱しい鳴き声に変わっていった。揺らめいていた青い瞳の光も弱まり、荒々しかった呼吸も落ち着いていく。やがて鋭かった眼光は青いつぶらな瞳へと変わり、ライオラを穏やかそうに見つめて来た。
「あなた……もしかして……きゃあっ、もう、くすぐったいわよ!」
ぺろりと舌で顎の下をなめられた。先程までの猛々しかった黒狼の様子とは違う。
「ハル、この子……」
「ライオラさん……この子にかかってたへんな魔法が、とけてるですの……そんな、ライオラさんが、まさか」
「ハル?」
「い、いまの、愛の魔法ですの! どうやって? なんで、魔法石もないのに!」




