三十七話 愛、守る心
「姉上、大丈夫? ……姉上?」
「……そんな」
クロードの心配しているような声が聞こえる。ライオラは答えることができない。ただマルクトが走り去った場所から、目が離せなかった。
「王子一人で何ができる。石の魔法があっても、この霧は晴れん。貴様らは終わりだ」
魔王の声が心を揺さぶってくる。
心が水底に沈むような感覚。彼を一人で向かわせて良かったのか。今すぐにでも追いかけたい。だが、
――この闇の中、どう追いかけたら良いの……?
大広間の中は良い。だが今しがた彼が去っていった扉の外は、まるで光を拒絶するような黒闇が続いていた。
「……わた、くしは」
「お嬢様」
「っ!」
ハロルドの声にはっとする。
「お嬢様、ノートを二冊も仕上げた貴方様らしくない。あんな婚約破棄を言い渡されたというのに、辛い思いをしてまであのバカ王子の側にいると決めた貴方様が、こんな暗闇ごときで足を止めてしまうのですか?」
「婚約破棄!? それ聞いてないぞ、ハロルド……姉上、本当なの?」
クロードが驚いて大声を出す。きっと魔王にも聞こえていることだろう。
「ええ……本当です。一か月ほど前に、婚約を破棄してほしいと申し出がございました」
「え、なんで。父上も何も言ってなかったぞ。本気なのか兄上は……一度もそんな話は……」
「……何やら訳ありのようだが」
「聞いてくれ魔王陛下! 俺の兄上が! なんかおかしい!」
「落ち着いてくださいまし、クロード様。マルクト様は本気でしたわ。私、貴方と義理の姉弟になれなくても……これまでの縁はなくならないと思っております。ね、クロード様?」
「そんな姉上、なんで受け入れて……」
「良いのです。私はエーデル公爵家の娘ですから。殿下の、王家の盾になります。その役目に変わりはありません。……ええ、そうよねハロルド。私は王家を守るのよ? こんなことで足を止めている場合ではないわね」
スッと背筋を伸ばす。何をクヨクヨしていたのだろう。
「あ、姉上、何をするつもり……?」
戸惑っている様子のクロードを無視し、魔王を振り返る。
「魔王様、貴方様の魔法はこのような色をしていますのね……かつてアイシア様の手記ではあなたの魔法はもっといろんな色をしていたと記述がございましたわ。どうか見ていてください。アイシア様に負けないくらい、私の愛を証明してきますわ!」
胸を張ってそう宣言する。
国を守るのだ、彼と共に。
重かった心はいつの間にか晴れ晴れとしていた。
「それでこそお嬢様です。クロード殿下は私が守ります。ハル、お嬢様と共にマルクト殿下を追ってください」
「ハロルドさん、いいんですの!?」
「お任せを。魔法も剣の腕も、お嬢様の従者を名乗るのに不足はありませんので」
「たのもしいですの! ライオラさんはまかせてください!」
「妖精ハル。抵抗しても無駄だ、闇は晴れん」
「わかりませんですよォ! ライオラさんのパワーでおうじさまの魔法はいつも強くなりましたの! さあ、ライオラさん!」
「ええ、ハル!」
ハルが先導し大広間から出る。ハルが飛んでいる足元だけはかすかに明るく照らされ、床の色が視認できた。これなら行ける。
――マルクト様、私も参ります!
魔王の魔力は濃い。人間はそれを穢れと呼んだ。だがそれは間違いだ。
――穢れなんて言ってはいけないわ。これは魔界を、魔物たちを守ろうとした守護の魔法。魔王様のお心よ。
黒く染まり切った魔力。魔王の憂いを晴らすのだ。その為には人間界と魔界にあるわだかまりを解かなれば。
――『愛の魔法』に必要なのは慈しむ心。対立しあっていてはこの闇は終わらない。今日ここで魔王と向き合うのよ!
全力で床を蹴る。床をカツカツと鳴らしながら、城の外に向って駆けて行った。
きっと大丈夫、マルクトとなら。そう決意を胸にして。




