三十二話 駐屯地の被害
「おい、ハル……」
マルクトの体を支えているライオラは、彼が震えているのがわかった。
――ハル、クロード様は『魔法少女』のことを知らないのよ……。
緊迫した雰囲気から一転、目が点になっている様子のクロードにハルは続きの言葉をぶつけた。
「……それで、おうじさまとけいやくしたですの!」
ハルを見ていたクロードが、口の端をヒクヒクとさせながらマルクトの方に目線を変える。これはマルクトに追加の説明を求めている顔だろう。幼い頃に皆で遊んでいた時のクロードの様子を思い出し察した。
ハルの発言の後、皆でユーゴを取り囲むように集まっていた。
このまま隠しては置けないだろうと、マルクトが学園での出来事を簡単にクロードに説明した。真剣な表情で聞いていたクロードだが、眉を寄せたり眉尻を下げたりと困惑している様子であった。
「えっと、つまり兄上がー……魔法少女?」
「そーなのです、クロードさん! 石がおーじさまをえらんだので、ワタシの魔法少女さまはとのがたになってしまいましたですの……」
「選んだというか、お前がすっ飛ばして来たんだろうが。あと魔法少女の呼称にいつまでこだっている、ハル」
「魔法少女さまは魔法少女さまなのですぅ!」
「……うーん。あー……ハロルドも知ってたわけ?」
「ええ、勿論」
「ユーゴも? まじかぁ……こっちで兄上がそんな面白いことになってたなんて、留学行ってる場合じゃなかった」
「おい、何が面白いんだクロード」
「げ、聞こえてた」
先程までの荘厳な雰囲気は何処へやら、テント内に響く声は明るくなっていた。ライオラは緊張で強張っていた体の筋肉が少し緩むのを感じる。
「……っ、ん……ここ、は」
ベッドで身じろぎする音が聞こえた。
慌てて身を乗り出してベッドを覗き見れば、眠っていたユーゴが瞼を開くところであった。
「気づいたか、ユーゴ!」
「マ……クト様……うっ……」
「動くなユウゴ。傷口が開く」
マルクトも怪我人で痛むだろうに。
ユーゴを押し留めるべく彼は腰を上げ、ズレてしまった布団を掛け直してあげていた。
「状況は……外は……」
「落ち着いている。怪我人は多いが、被害は駐屯地だけに留まっている」
「そ、……ですか」
消え入りそうなユーゴの声。ぐったりと横たわる彼は、薄目を開けて天井を眺めているようだった。
「ユーゴ、まだ眠っていていい。マガツ森の穢れが抜けきれてない。安静にしていろ」
「……マルク、ト、さまも……」
マガツ森の穢れ。ライオラはマルクトの胸元の包帯を見た。
森の奥、この魔界との国境地帯では、魔界に近づけば近づく程、人間界のものを拒むという穢れが蔓延している。穢れはかつて魔王軍との争いで人間界に撒かれ、アイシアが魔法石の力で消し飛ばした負の魔力。
穢れに触れたとてすぐに命に関わることはない。だが体の倦怠感や免疫力の低下などを引き起こすと言われている。つまりユーゴの怪我は治りにくい状況だということ。
「兄上……ユーゴも、早く王都に帰還させた方がいい。ここじゃ治るものも治らないよ」
「……ああ、わかってる」
「兄上もだよ。怪我が悪化したらどうするの? ユーゴに言うんなら、自分も行動で示さないと」
ついユーゴに目が行ってしまうが、マルクトの怪我も小さくないだろう。
「……捕らえた魔物をどうするか、兵長と話す必要がある」
「魔物を捕らえましたの!?」
「……ああ」
なるべく傷付けずに捕まえたと、マルクトはそう続けた。
「兄上なんで、魔物だよ?」
弟の驚く反応を聞きながら、マルクトはライオラをじっと見つめた。その時ライオラは気付く、
――まさか殿下、あの時のハルの言葉を……!
学園の森でハルが言った言葉を思い出す。
突如森に現れたアイアンローズを、通常魔法で傷つけるのではなく、魔法石の魔法でマガツ森に送り返したあの日。自分の意思でここにいるのではないと魔物の言葉を伝えたハルの想い、それをマルクトは忘れていなかったのだ。
「マルクト様……ハルの言葉を覚えていらっしゃったのね」
「……ここはマガツ森だ。国境地帯で魔物の生息エリアではあるが、魔物が徒党を組み人を襲う事態はそうそうない。それで判断しただけだ」
追い詰められていったであろう駐屯地の状況で、魔物を傷付けるなと命じた当時のマルクトの心境はどんな物だったか。暴れる魔物と、傷つけてはいけない騎士団。不利なのはマルクト達騎士団側だったはずだ。
「……ハル、あの時お前が言ったように、今回も奴らの意思でこの駐屯地を狙っていた様子はなかった。何かで錯乱させられていた。本来汚れの影響を受けないはずの魔物が、濃い瘴気を漂わせていた」
「マルクト様……よく、ご無事でしたわ……」
相当苦しい戦いだったに違いない。魔法石の力は使ったのだろうか。
「殿下、魔法石の力は使いまして?」
「……ああ、まあな。言っておくが、変身はしなくても使えたからな」
「えー! おーじさま、へんしんしなかったんですのォ!?」
ステッキを使わずとも魔法が使えるとは、もしや魔法石がマルクトの体に馴染んでしまっているのか。石に関する情報が少ない状況で、ライオラは不安になる。
――ハルは何も言わないわ。大丈夫、なのよね……?
彼女の性格からそんな重要そうなことを隠すとは思えない。純粋に驚いている様子のハル。杞憂だといいのだが。
「じゃあ……魔物は誰かにけしかけられたってこと?」
クロードが悩んだように言う。
「……かもしれない、な。断言するには、証拠がない」
「魔物の体を調べたら? 何かくっついてない?」
「いや。沈静化した今、奴らがまとっていた穢れの瘴気は消えた」
マルクトがクロードの質問に答える。
二人の会話の中に、ライオラは割って入った。
「マルクト様。瘴気は消えたと仰いましたが、ユーゴは……」
「魔物についていた物は消えた。だが人間に付着した穢れが祓い切れていない。魔物はもともと穢れに耐性がある。だから早く消えたんだろう」
「ユーゴの怪我は」
「俺を庇って出来たものだ」
マルクトははっきりと答えた。だが喋るのも辛いはずのユーゴが口を挟む。
「あなた様の……怪我も、私を、庇って、出来たものでは、ありませんか……」
「お前の怪我に比べれば、こんなもの」
「だー! 待って兄上も、ユーゴも! どっちも怪我人! ね! 姉上! ハロルド!」
「そ、そうですわよ」
マルクトもユーゴも、互いに自責の念に駆られているのだろう。
――私も、ハロルドが自分のせいで怪我を負ったのなら、きっと責めてしまうわ……。
目が覚めてからは傷が痛むのか、ユーゴの呼吸は浅く早い。怪我がひどい場合、魔法での穢れの除去は体への負担もあり行うのは推奨されていないと聞く。自然に抜けるのを待つ方がいい。だが、
――アイシア様の使った魔法なら、もしかしたら。
ライオラは肩に提げていた鞄に手を添えた。
愛の魔法なら、体に負担をかけずに除去できるかもしれない。
ただし、愛の魔法の使い手はライオラではなくマルクトだ。
「……」
「姉上?」
迷っているのを悟られたのか、クロードが気遣わし気に声をかけてくる。
「……どうした、ライオラ」
マルクトも振り向き、彼の疲労の色が濃い顔を正面に見る。いつもより暗い彼の瞳の色。
「……あ、私」
鞄の上に添えた手には、ノートの厚みを感じる。
――私はマルクト様を助けに来たのに。愛の魔法は、この人にしか使えない……。
瞳を伏せ、そっと静かな手つきで鞄を開ける。一冊のノートを取り出し、胸元に抱えた。
「ライオラ、それは?」
「マルクト様、こちらは手記の写し……アイシア様の手記の写しでございますわ」




