三十一話 再会
◇◇◇
駆けつけた駐屯地は鳥の鳴き声が聞こえる程静かであった。
ただこの静かな環境に似合わず、地面が不自然に盛り上がっている箇所や、爪のような物で抉れた木の幹が幾つも散見された。
馬を降り、ライオラは辺りを見渡す。奥に騎士団のテントが見え、流行る気持ちで向かった。
――お願い、誰か。どうか無事でいて!
マルクトは無事か。いつのまにか呼吸も早くなる。
一つ目のテントのそばに馬を繋ぎ止めると、中に入った。
中には五、六人の騎士団の男達が互いに怪我の手当てをしていた。つんと鉄の匂いが漂ってくる。
「エーデル公爵令嬢がなぜここに!」
皆一斉に驚いた反応を見せる。
「落ち着いてください。皆様、お怪我の加減はいかがですか。他の方々は……」
ライオラが呼びかけると、一人の中年の男が歩み寄って来た。淡い茶髪の彼は鎧を脱ぎ薄手のシャツ姿。袖から出た腕は血が滲み、包帯を巻いている。
「ライオラ様ですか。もしや殿下をお探しに?」
「……あなたは」
「申し遅れました。私はこの駐屯地の兵長を務めております、ルドルフと申します。ご案内しましょう」
ルドルフは重く澱んだような声音で語りかけると、ライオラをテントの外に連れ出した。
外には後から追いかけていたクロードとハロルドの姿があった。ルドルフはクロードの姿を認めると、素早く跪く。
「クロード殿下もいらっしゃったとは。このようなところに」
「ルドルフ・カートライトか。魔物による襲撃があったと聞いたけど、駐屯地の被害は?」
「負傷者が多数。死者はおりません」
死者はいない、その言葉にライオラは僅かに胸が軽くなるのを感じる。
「マルクト殿下は奥のテントにおります。ご案内いたします」
ルドルフの後を静かに着いていく。
一際暗い色のテントに連れて行かれると、彼は中に向かって声をかけた。
「マルクト殿下、来訪者が」
「……入れ」
彼の声だ。両手をぎゅっと握り込む。
ルドルフは頭を下げてライオラ達から離れて行った。
――よかった、生きていた……。
ライオラは握った手を胸元に当てた。
深く息を吸い込む。テントの入り口に手をかけ、ゆっくりと中に入った。
テントの中には寝台が一つだけ奥に置かれ、デスクや書類を整理するための棚といった最低限の物だけが設置されている。
空間の主であるマルクトはデスクでも寝台でもなく、なぜか入り口から背を向け寝台の脇に置いた丸椅子に座っていた。少し乱れた黒髪に、羽織っているだけなのかボタンは開けた状態で薄汚れている白地のシャツを着ている。シャツは所々血が滲んでいた。
「マルクト様ッ」
ライオラはマルクトの背中に向かって叫ぶように名前を呼んだ。
弾けるようにマルクトが背後を振り返る。その時、羽織っていたシャツの中が見えた。胸元はぐるりと包帯で巻かれ、赤い物が滲んでいる。怪我をしているのだ。だがライオラは寝台にに横たわっている人物を見て両手で口を覆ってしまった。
「……っ、ユーゴ」
「ライオラ……!? 何故ここに……クロードもハロルドまで……」
驚きながらも、普段よりも力がなく疲れているような声だった。
「兄上、ご無事で」
「クロード、何しに来た」
マルクトの目が細められ、ライオラ達を見据えてくる。
「何しに来たって、兄上達を助けに来たに決まってるだろ」
「助け? 何が。俺は王都に救援を要請した覚えはない」
マルクトの冷たい声が響く。
クロードに向けられていた目が、ライオラの方に動いた。温かいはずの赤色の瞳が、鋭く冷たく感じた。
「君も何をしに来た。そんな格好で……ここは社交の場じゃない。ハロルド、早くライオラを連れ帰れ。令嬢が来る場所ではない」
「待ってよ兄上! 姉上はッ!」
「お前もだクロード! 誰に聞いたが知らないが、こんな場所に一国の王子が集まって共倒れしたら国はどうなる。お前も自分の立場を自覚しろ!」
ビリビリと肌に触れるような怒声が響いた。
初めて彼に怒鳴られた。ライオラは一歩も動けなくなる。
だがマルクトの体が前に傾き、彼は苦しそうに表情を歪めた。
「……ッ……」
「マルクト様!」
何かを思うよりも先に彼の元に駆け出した。
肩を支えれば、彼の手が胸元のシャツの襟を掴んだ。包帯にしみていた血の跡が広がっていく。
「マルクト様、起きていてはいけませんわ! お怪我が!」
「……ライオラ」
落ち着いて来たのかマルクトの呼吸は元に戻っていく。
どうしてこんな酷い怪我を。
「マルクト様、何がありましたの……? ユーゴは、どうして」
「……ライオラ、君は誰の差金でここに来た」
「! それは」
警戒しているのか、マルクトの言葉には鋭さがある。
答えようとしたライオラよりも先に、背後で可愛らしい声が聞こえた。
「……ワタシ、ですのォ……」
移動中、クロードのポケットの中で休んでいたハルの声だ。
ポケットから這い出たハルは、手のひらを広げたクロードの上にへたりと座り込む。
「ワタシが、ライオラさんに、いったですの……」
「ハル、お前……」
「おしろにいったですの……そしたらみなさんがいたですの……ワタシがいったから。だから、おこらないでくださいですの……」
ハルの声はか細く弱々しい。少しばかりマルクトから感じていた威圧感が弱まっただろうか。
「……勝手な真似を。ライオラ、君こそ。城に来ていたのなら何か大事な予定があったんじゃ無いのか。それを放棄するなんて、何を考えて」
「いえ、私は……!」
「兄上、いくらなんでも心配して駆け付けた姉上に、そんな言い方はあんまりだよ。姉上は父上に会食に呼ばれてただけ。あと、ずっと聞きたかったんだけど」
クロードが弁明する。そして手元のハルに視線を落とすとこう言った。
「……なんで王国に妖精が?」
「それは、ですね……ワタシは魔法少女さまを、さがしにきたんですの……」
「まほ……へ? なんて?」
この場の雰囲気に似つかわしくない声がクロードから出た。




