二十九話 クロード
翌朝、王城に向かう支度の途中。
メイドに化粧を施されると、鏡に写った自身の顔色の悪さに思わず顔を歪めた。
――目元が腫れぼったい気がするわ……。
昨晩はハロルドにあと三十分と言われた後も、実は書き続けてしまっていた。
一眠りしようとベッドに入ったのは空が白み始めた頃。つまり殆ど寝ていない。
起こしに来たハロルドにも流石に気づかれてしまった。怒られはしなかったが、眠気覚ましに良いとされるアッサムティーを急遽用意してもらった。
そのおかげか、少しは目が覚めたかもしれない。
陛下に謁見するためのドレスに身を包む。
青を基調にした、華美な装飾がないプリンセスラインのドレス。上半身には濃紺のボレロを合わせた。ダンスパーティー用の物とは違い、全体的に落ち着いたデザインだ。
外に出て、用意された馬車に向かう。一つ目の馬車には父と母が乗り込み、ライオラは二つ目にハロルドと二人で乗り込んだ。
王城に向かう道のりは、気が重かった。きっと婚約破棄を言い渡される。聞きたくないという思いと、早く彼にノートを渡さなければという焦燥が入り混じる。
――今日、よね……。
ふと、ハロルドの緑の瞳に見つめられているのを感じた。
「……ハロルド?」
「……大丈夫ですか?」
優しい声に息が詰まりそうになる。
「ええ、大丈夫よ。今日あの人との関係が終わっても、私は私」
「……気軽にぶっ飛ばせなくなりますね」
「知ってるハロルド? 実は今も駄目なのよ?」
ナフキンで叩いていた光景を思い出し苦笑する。
彼はいるだろうか。木々が流れていく景色を眺めながら考える。
――お城に到着したら殿下を探して、先にこのノートをお渡ししないと。そしたら、その後は陛下にご挨拶をして……私は……。
手をぎゅっと握りしめる。
婚約破棄に動揺している場合ではない。今日は必ず彼にこのノートを渡すのだ。彼の為に作ったノートも三冊目になるが、きっと目を通してくれる。
揺れる馬車の振動も感じない程、ただ静かに外の景色を眺め続けていた。
王城に着くと、出迎えてくれたのは近衛騎士と第二王子のクロードであった。
馬車を下りるとライオラは驚いて名前を呼んだ。
「まあ、クロード様!」
「姉上! お久しぶりです。ああ、公爵閣下もご婦人も、ご無沙汰しております。やあ、ハロルドも!」
クロードは全員ににこやかな笑顔を浮かべて挨拶していた。彼はマルクトと同じ黒髪だが少し癖っ毛で、蜜色の瞳はパッチリとしており幼さを残した可愛らしい面立ちをしている。隣国に留学に行ったと聞いていたが、まさか帰っていたとは。
父と母は一足先に国王に謁見するそうで、ライオラはクロードに導かれゆっくりと王城へと入っていった。
赤い絨毯の上をゆっくりと歩く彼に、ライオラはハロルドと顔を見合わせる。
――……殿下がいらっしゃらないわ。
マルクトの姿がない。第二王子だけが出迎えに来るとは思えず、留学先でのことを楽しそうに語っていた彼に、マルクトの居場所を尋ねてみた。
「ク、クロード様、殿下は……マルクト様はどちらに?」
「兄上? ああ……えっと、実は何日か前に駐屯地に行っちゃってて……。俺も昨日帰って来たばかりで、会えてないんだよね。入れ違いになったみたい」
「駐屯地ですって!?」
「うん、そう聞いたよ。だからユーゴもいないね」
「そんな……」
てっきり今日の会食の席に彼もいるものだと思い込んでいた。不在だとは。予定が大いに狂ってしまう。
――どうやってノートを渡せば……!
クロードに託すわけにはいくまい。
「姉上、大丈夫?」
「え、ええ……」
「タイミングが悪かったね。年内には帰ってくると思うから、そのうち会えるかも」
「そ、そう」
驚きすぎて声がかすれる。向かった駐屯地は、以前マルクトの部屋で見た北第二駐屯地だろうか。
叶うことなら、今すぐにでも向かいたい。だが国王達との食事という大事な役目があり、王城を離れることはできない。
――陛下とのご予定でなければ、馬でもなんでも乗って、すぐ向かうのに!
ライオラの様子が気になったのか、クロードが首を傾げる。
「……兄上が戻ったら、俺が伝言しようか?」
クロードのその言葉は純粋な気遣いからか。それとも、何か裏があるのか。
「いいえ、大丈夫です。私が直接お会いした時にお話しします」
「そう? じゃあ戻ってきたら、姉上の家に行けって言っとくね?」
「……ふふふ、お気遣い感謝いたしますわ」
ライオラは胸が締め付けられる感覚に襲われるが、笑ってごまかした。
――この様子……クロード様は、婚約破棄の件をご存知ではない? そんなことあるの?
クロードもマルクトとは入れ違いで帰国している。まだ聞いていないだけなのかもしれない。
ゆっくりと陛下が待つ部屋に向かう。
まるで断頭台の上を登らされる気分のようだと、足は重く感じた。




