二十六話 ハプニング
「……?」
「ああ、いや、なんでもない。いいんじゃないか、ああ、うん」
「殿下、調べてみて気になることがありますの……」
「気になること?」
ライオラは指を顎に当てた。呪文を考案する傍ら、愛の魔法とは何かを考えていた。
「ええ……どの文献にも、魔法石に関する記述がありませんでした。いいえ、それだと誤解を生みますわね……あの石について触れている物はありますが、アイシア様が使ったとだけしか記述がございませんの」
「君も調べていたか。確かに、魔法石について詳しく書かれている書物は殆どない」
「殿下もお探しに?」
「まあな。あんなよくわからない物、調べずにはいられないだろう。アイシア妃が使っていたのなら、いまこうして歴史に残っていないことを疑うべきだ」
彼も調べていたとは。
王子が魔法石の存在を知らないというのは、あり得るのだろうかと首を捻らせる。
「アイシア様の魔法石は今どちらにあるのかしらね」
「……妖精が持ち帰ったか、あるとすれば王都の城のどこかだろうが」
二人とも知らない場所で厳重に保管されているのだろうか。
「城内にあるかどうかは俺が確認する。隠されているのなら、誰かに聞くわけにはいかないだろうしな」
「大丈夫なのですか? 私も共にまいり、あ」
自分も行くと言い出した時、ライオラは気付いてしまった。
婚約破棄が正式なものになった時、城内への出入りは今よりも難しくなることに。
「……俺だけで大丈夫だ。これを作って貰っただけでも十分……っ」
突如マルクトが額を抑える。
「殿下、大丈夫ですの!? お加減がすぐれないのでしたらお休みを……お疲れでしょうから、やはり私たちすぐにお暇しますわ。次のご予定まで少しでも眠った方が」
「大丈夫だ、いい。もう平気だから、気にするな」
「ですけど殿下、やはり少し横になった方が良いのではありませんこと?」
マルクトの顔を見る。先程まで緊張していたのもあり、あまり彼の顔を見れていなかったが、目の下に薄らとクマがあるようにも思える。
――ダンスパーティーの後、一度もお見かけしていませんでしたもの。眠れていらっしゃるかしら……。
忙しそうであったことだけはわかっている。
次の予定まで空いているといっても、ここで茶を飲んでいては休まらないのでは。
後でハロルドとユーゴが部屋に戻ってくるが、いつもの面々、二人とも彼が横になったからといって何も思わないだろう。
せめて次の予定まで休んでもらおうと、彼の方にずいと体を寄せた。
「殿下、私たちしかおりませんし……少し眠りましょう?」
「ラ、ライオラ?」
目の下のクマが見間違いでないことを確かめるべく、さらに近付く。
マルクトは驚いたような顔でライオラを見つめ返す。
ライオラは顔にぎりぎり触れない距離まで指を伸ばすと、頬にそっと触れた。
「やはり……殿下、お顔が疲れているように見えますわ。お茶をいただきましたら、いえ、お召しになられながらでも大丈夫です、目を瞑って」
「ライオラ、俺は大丈夫だ。確かに最近色々あるが……そういう君の方こそ元気が……いや」
マルクトが言いかけの状態で口を閉じてしまう。
――私の方が? ……いいえ、殿下の方が顔色が良くないわ。どうして今まで気付かなかったの、私ったらダメダメだわ! 王家に仕える公爵家の娘として情けない!
寝かせよう。眠らないにしても、せめて横にはなってもらおう。そう決意し、ライオラは彼の肩に触れるとソファの座面に向って押し倒そうとした。
「失礼いたしますわね、殿下。私より、ご自身の身を大事にしてください。殿下は、我が王国の第一王子ですのよ? 殿下に何かあっては、陛下や民達が悲しまれます」
「ここで俺の肩書を出すなんて卑怯だろう、ライオラ」
グイグイ押してみているが、なかなか倒れてくれない。マルクトが負けじと抵抗してくる。ライオラも押してしまった手前、意地でもソファの上で寝てもらおうと彼を押し続けた。
――つ、強いわね、さすが殿方だわ……!
少しムキになり、全体重をかけて倒そうとする。
次の予定まではどのくらいの時間があるだろう。ライオラと茶を嗜む時間があるのであれば、一時間以上は余裕がありそうだが。もしそうであれば、一瞬でも休んで貰いたい。
「殿下、お休みになられて、ください!」
「ライオラ、おい、ま……強いな! 永眠させる気か! まて、わかったから……っ、危ない!」
「えっ……」
マルクトが肩を押してくる力を逃がそうとしたのか体を動かした時、ライオラの半ば浮きかかっていた体がバランスを崩した。
テーブル側に滑り落ちそうになったのを、マルクトの腕がライオラを抱え込み抱き寄せる。
グイッと体が持ち上がり、どさりと彼の体の上に倒れ込んだ。
「……つぅ……大丈夫か?」
「あ、殿下、も、申し訳、ご、ざいま……」
体を包み込むような暖かな感覚。頭の中が真っ白になる。
――な、なんてことを……私ったら殿下の上に……! そんなつもりじゃ!
早く退かなければ、そう思った瞬間、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「マルクト様、ライオラ様。お茶のご用意が出来ました」
ユーゴの声だ。
ライオラはマルクトと顔を見合わせる。マルクトも何故か声を発せず、ただただ見つめ合い続けた。
「……」
「……」
「マルクト様? まさかいらっしゃらない……?」
「いや、そんなはずは……ユーゴ、入っても?」
「我々も準備がありますからね。ええ、ドアをお願いします」
ハロルドの声も聞こえてくる。ここまでは見られてしまう。だが思うように体が動かない。
ガチャリとドアが開き、ティーセットを乗せたカートを引いた彼らが現れる。そして二人はライオラとマルクトがいる方を見ると、揃って声を出した。
「あ」
「あ」




