二話 魔法少女の契約
マホウショウジョ? とライオラが小首を傾げたのもつかの間、妖精はライオラに集中していたのか、勢いはそのままテラスの手すりに足を引っかけた。
妖精はぐえっと苦しそうな声を出しながら、くるくると宙を舞う。超高速で飛んでいた妖精の動きは止まらない。妖精の手元から光り始めた赤い石がすっ飛び、王子の額にぶつかった。
「いっ……」
ごつんと少々鈍い音と、彼の小さな呻き声が聞こえた。
「きゃああああ……いたーい……ああああ!」
ぺちゃりと妖精の少女は床に転がり落ちる。彼女は頭を押さえながら、石が飛んで行った方向を見上げて叫んだ。
額にぶつかった後、王子の膝の上に落ちていた石がまばゆい光を放ち始める。妖精は目と口を大きく開けるとまた叫び声を上げた。
「いやああああ! 魔法石があああああ!」
光は大きくなり、やがて棒状に変わる。現れたのはゴールドピンクの艶やかなステッキで、トップには大きな赤いハートの宝石が金色の縁の中に収まり、光り輝いている。
「マ、マルクト様……これは……」
「……なんだ、これは」
マルクトの声はこの状況に戸惑っているのか震えていた。眩しそうに目を少し細めている。
「いやああああ、ちがいます! ちがいますー! おとなりのかただったのにぃ! もう、とってください! あなたでもいいです! とってください!」
妖精がマルクトの耳元に飛び、ステッキを手に取るよう促す。
「俺が取るのか!」
「はい! とりあえず、とってくださいです!」
マルクトが妖精に言われるがままにステッキを握った。すると彼の周囲を金の光の粉が舞い始め、柔らかな風に包まれると同時に衣装が変わった。ライオラの目の前をキラキラとしたピンクと金の光の粉が舞う。
ーーで、殿下の制服が……!
彼の衣装は紺と黒を基調とした礼装に変わり、袖や襟元にはピンクのステッチが施されていた。肩には金のタッセル。王城で彼が着ていた装いに近いが、袖周りにはステッチと同じ色の小さなリボンが付き、可愛らしさが加えられている。
ライオラは突如目の前で怒ったきらめきに目を見張った。突然のことすぎてめがちかちかとする。
「へ、へんしんできちゃいましたぁあ! ワタシの魔法少女、おとこのひとになっちゃいましたぁあ!」
妖精がわんわん泣き始める。ライオラは戸惑いつつも、ステッキを掴みながら動かなくなってしまったマルクトと妖精を心配そうに見つめ続けた。
――へんしん……まほうしょうじょ……? 何のことを言っているのかしら。
マルクトの震える声が聞こえてくる。
「なん、だ……これは……」
彼の顔を凝視してみれば、耳がほんのり赤い気がした。
マルクトはしばらく目を見開き氷雪を思わせるような目でステッキを睨んでいるように思えたが、片手ですばやく妖精の体を掴むとテーブルの上に座らせた。
「きゃあっ、ごめんさない。らんぼうはしないでー!」
「……しない。すぅ……人の大事な話の邪魔を……魔法少女がどうとか言っていたが、これはどういうことだ。説明しろ」
「はわわわわ」
妖精は両手を体の前で震わせると、立ち上がりライオラの方に駆け寄る。
「ほんとうは、こちらのおねえさんだったんです! でも、いしがあなたをえらんでしまったんです!」
「俺を選んだ? ふざけるな、石が飛んできただけだろう。おい、この衣装はどうすればいいんだ。どうやったら元に」
「マジカル・ミッション・コンプリート! と、となえればへんしんはとけます!」
「な、マジカル……ミッション……なんだと?」
「あ、あら、マジカル・ミッション・コンプリート……殿下が」
「言えるか、そんなふざけた言葉ッ!」
ライオラは聞こえて来た解除呪文に戸惑った。
先程までの婚約者の冷たい態度は何処やら。マルクトは眉間に皺を寄せながら妖精をキツく睨みつけている。ライオラははらはらと彼と妖精を見守った。
突如宝石部分が光り、点滅し出したそれを見た。妖精はカッと目を大きく開くと、マルクトの眼前まで飛び上がる。
「た、たいへんです! ちかくに何かがいます! だれかこまっていますよ! たすけにいきましょう!」
「お、俺がか?」
「はい! ほかにだれがいるんですか、魔法少女はあなたなんですよ! ……とのがたですが」
「だから勝手に魔法少女とやらにしないでくれないか」
「まあ、なんてことですの。マルクト様、助けに行きましょう。民を守らなければ。私達の使命ですわ」
「ライオラ! 君まで何を言い出して!」
ライオラは立ち上がると、大胆にもマルクトの両手を取った。絶望している場合ではない。どこかに助けを求めている人がいるのなら、早く行かなければ。
――婚約破棄のお話を考えるのは後よ……とりあえず今は。たとえ貴方の妻になれずとも……、民を愛し守る気持ちは公爵家に生まれた者として変わりません。
胸はまるでイバラの棘でもささったかのように痛身を訴えている。だが、落ち込んでいる場合ではない。ライオラは沈んでいた心を、気持ちで奮い立たせた。
「行きましょう……マルクト様。民を守るのは我らの勤め。貴方様は卒業後は騎士団長の座を継ぎ、ゆくゆくは国王となり国をお守りになる立場となられます。私、殿下の婚約者でなくなっても、民の一人として貴方をお慕い続けますわ。共に国を守りましょう。では……行きますわよ! 殿下の助けを待っている方がいます……!」
「ま、まて、ライオラ! 順応するのが早くないか!」
ライオラは熱い告白の後、殿下の手を引き立ち上がらせた。戸惑った様子のマルクトの瞳を真っ直ぐ見つめる。
――大丈夫です。私のするべきことは何も変わりありません。
民を守る。その為にも、全力でマルクトのサポートをするのだと、そう心に決める。
妖精が二人の周りを軽やかに舞った。
「おふたりとも何かあったんですか? ですがですが、おねえさんなんだかすてきです! おふたりのあいで、こんなんにたちむかいましょう! あいのちからにまさる魔法はありませんよォ! さあさあっ、いきましょー!」
妖精が誘導します! と言い、ライオラの前に進み出る。腕を振りながらこっちだと突き進んでいく妖精の後を、ライオラはマルクトの手を引きながら追いかけた。
「ま、まて……! まだ! 説明が! 終わってないん、だがぁ!」
カフェテラスにマルクトの大きな声が響いているのを背中に、ライオラは前を走り続けた。




