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一話 婚約破棄

「ライオラ、今いいか」

「……はい、マルクト様?」


 放課後、ライオラは学園の制服姿のまま婚約者に呼び出された。紺地を基調に、ボタンの周辺を金の糸で花の刺繍が施されたドレススタイルの制服。

 振り返った拍子に、彼女の長い金糸の髪が揺れる。何かしらと、ぱちくりとスカイブルーの瞳を瞬かせた。

 同じく制服姿の彼は従者も付けず現れるなりこう言った。


「庭園が見える席で」


 そう言った彼は二人きりで話がしたい様子であった。




 王立学園の、色とりどりの薔薇が咲く庭園を一望できるテラスにて。

 白いテーブル席に座ったライオラは、彼の言葉にティーカップを口元に運ぼうとしていた手を止めた。


「君との婚約を解消したい」

「……い、今、なんと仰いましたの?」


 ヒュッと喉で息を吸う音が鳴った。

 目を見開いて彼の顔を見る。漆黒の髪に深紅色の瞳。彼の目は温かな色を持ちながらも、氷のように冷たい。


――婚約を、解消……?


 心の中でマルクトの言葉を復唱する。

 全ての音が消えたと錯覚する程のめまいがした。


――聞き間違いよね……?


 ライオラは必死にカップを掴むと、落とさぬよう慎重にソーサーの上に戻した。


「……俺との婚約はなかったことに。来月、国王陛下には伝える」

「ど、どうしてです! わ、わたくし、マルクト様に何か……直しますわ! お、教えてください、私……っ」


 婚約破棄だ。

 聞き間違えではない。彼の言葉を理解してくると、ズキズキと胸に矢が刺さったような痛みが増していく。


「君は何も悪くない」

「っ、ならばなぜ、殿下!」


 彼の声は平坦に聞こえた。

 何が至らなかったというのか。学園での成績も常に王子に続き上位を維持してきた。


――どうしてなの……!


 胸が苦しい。

 一体なにが足りなかったのだろう。サッと意識が奈落に落ちていく様な感覚に見舞われる。


「君は悪くない。これは俺の問題だ」

「マルクト様……」


 マルクトははっきりと答えてくれない。ついにはライオラから目をそらしてしまった。


――なぜ今になって婚約破棄を? ああ、悪い夢だったなら……。


 吐く息は震えて不安定。唇を噛み締めるが、感覚がしない。

 将来彼の妻になる為にどんな辛いことにも耐えて来た。第一王子の婚約者であるということは、国に嫁ぐと同義。いずれ王になる彼の妻として、民の為にこの命をとして生きるのだと、幼少から厳しく教え込まれてきた。


――すべては彼と国の為。私は、貴方だったから諦められたのに……。


 同年代の令嬢達がダンスパーティーや茶会と遊びに行く中、王子の為に魔法学も極め、国政を回す為の学びにも力を入れてきた。厳しい妃教育の日々の連続。必死に耐えたというのに、それが『婚約破棄』のたった一言で無に帰そうとしている。


「マルクト様……」

「……」


 無表情にも近い、憂いを含んだような冷めた彼の顔を見る。婚約者に対する愛情はもう微塵も無いのだろうか。


――マルクト様……隣に立てずとも、(わたくし)は。


 貴方を愛していた気持ちに偽りはない。

 ライオラは瞳を閉じた。

 これからはできる範囲で彼を、王国を支えていこう。そう決心したその時、耳に聞こえる甲高い声が一つ。


「……ぁああ、みぃつけましたっですのォ!」


 テラスの外側からそれは聞こえた。

婚約破棄の現実に打ちひしがれているのに何事か。ライオラは目を開け声の主を振り返ると、えっと小さく声をこぼした。


「誰かしら……あら」


 ティーカップと同じくらいの大きさの少女が、小さな銀色の羽をばたつかせながら勢いよく羽ばたいて来ていたのだ。妖精である。妖精の小さな腕の中には、少女の頭と同じくらいの大きさの赤い宝石のようなものが抱えられている。


「みつけましたの! ワタシの魔法少女さまー!」 


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