十七話 強がり
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「ねえ、ライラァ? 最近殿下が可愛らしい言葉を呟いてるみたいなのよ……? 何か聞いてる?」
女子寮に続く、中庭を眺められる渡り廊下で、ライオラはフィオーネに尋ねられた。
――可愛らしい……? もしかして、呪文の練習をしてくださってるのかしら。さっそくあのノートを使ってるなんて、考えた甲斐があったわね。
ライオラは誇らしげに鼻を鳴らす。フィオーネは小鳥のように首を傾げていた。
「ラブ……なんとかーって言ってるらしいの。殿下がよ? 本当かしら?」
やはりノートの呪文だ。今し方聞いた話を、ライオラはニコリと笑って答えた。
「殿下が? 可愛らしいお言葉を? ふふ、フィオーネ。殿下は元々可愛いものがお好きよ。この学園で何か見つけたのかもしれないわ」
「そうなの……? いつもキリッ、ムッてしてるじゃない。ここだけの話よ、ライラ……殿下っていつも怖い顔してるでしょ……?」
ヒソヒソ耳打ちしてくるフィオーの声がくすぐったい。
「あらフィオーネ、殿下が怖かったの? ……確かに、彼は外では表情が固いものね。ですが殿下は、ああ見えて動物がお好きなのよ。王城には猫や犬、小鳥もいてね、よく見せていただきました」
「へー、そうなんだ。私は謁見する機会がないから、お城のことはよくわからないのよね……」
「パーティーでもない限り、お伺いする機会はあまりないものね。王国主催の舞踏会くらいかしら。フィオーネはお家は離れていますから、行くのは大変だものね」
「そうなの。私たちはたまたま、ライラのお家の別荘が近かったのよね。夏に行ったあの湖が忘れられないわぁ」
「懐かしい……私ももう何年もあそこに行っていないわ。学園を卒業しましたら、一緒に湖畔でお茶でもしませんこと?」
「素敵! いいわね、ライラ。ふふふ……楽しみが出来ちゃった」
フィオーネは屈託のない笑顔で「約束よ」と言ってくる。だがすぐに、あっと声を出すとライオラの顔を覗き込むようにして首を傾けた。
「あっ。舞踏会で思い出したわ……ライラ、殿下と踊るのよね? お誘いはあった?」
「お誘い……?」
きょとんとなる。そういえば、もうそんな時期である。
冬季休業の前にある、学園の創立記念舞踏会。身分問わず学園の生徒であれば誰でも参加可能なそれは、年に一度開かれる一大行事。
――ドレスは、ありましたけど……。
ライオラが黙ってしまったのが気になったのか、フィオーネが心配そうな表情を浮かべる。
「ライラ?」
「……今度のダンスパーティーのことよね? そちらでしたらお声はかかっていないわ」
正直に話した。
「え?」
どうしてと聞き返される。
「私達が踊るのは決まっているもの。まだ例の話は進んでいないし……」
「え、でも、会場までのエスコートとか、あるんじゃ」
「……そう、ね」
エスコート。ダンスの相方と会場に向かうのが通例だ。だがマルクトから直接の誘いはない。
チクリと胸を刺す痛みに唇を噛む。
今はまだ婚約関係は継続しているが、それもいつまでのことか。
気にしないようにしていたのに。空虚な気持ちがライオラを襲った。誘いがないということは、もしかしたら……と先程のフィオーネの言葉を思い出す。
――もしかして殿下は、他の方をお誘いになられて……?
仮にそうなら。
息苦しさを感じる。まるで水の中のよう。知らず知らずのうちに手を握りしめていた。
「ライラ……大丈夫?」
小鳥が囀るような声に意識を呼び戻される。
「え、ええ。会場で待ち合わせする方もいますから。私も、一人で行けるわ」
別に彼が誰といたって構わないではないか。いつまでも婚約者面はしていられない。
「ライラ……無理しないで?」
「無理なんてしてないわ。その日が来るまで、私はしっかりと勤めを果たすもの」
胸を張りそう答える。
――来たるその日まで、私の役目を果たすだけ。いつか終わりが来たって、なすべきことをするだけよ。
胸を刺す痛みは消えない。この感情が強がりであることは、ライオラは自分自身でもよくわかっていた。




