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※十六話 嫉妬心

※※※


 早足で自室に戻ったマルクトは強めに扉を開いた。ユーゴが開け放たれた扉を押さえる間も無く、彼は自室に入り長椅子にどっかりと座り込む。

 ユーゴが静かに扉を閉めたのを確認しながら、マルクトはライオラのノートを目の前のテーブルの上にそっと置いた。


「マルクト様」


 ユーゴに呆れたような声音で呼ばれる。背もたれに寄りかかり天井を仰ぐと、追撃の言葉がやってくる。


「……なんだ」

「あの場で逃げ帰るとは……マルクト様、貴方は。ドレスを贈ったことをなぜ言わなかったのですか」

「言おうと思った、言おうと思っていたんだ……くそ」

「ハルに邪魔されたと思っておいでで?」

「そうは思ってない。タイミングを逃しただけだ」

「言葉遣いの荒さが目立ちますね、殿下は」

「……うるさい」


 ムッとしユーゴの顔を睨む。


「今からでも会いに行きますか?」

「行けるわけがあるか。ついさっき会ったばかりだぞ。今戻ったらおかしいだろ」

「ええ、変ですね。ですがマルクト様、ダンスパーティーまでは一ヶ月を切っております。お二人が踊るのは、陛下にお伝えしていない時点で決定事項ではありますが。早くお誘いになられてはいかがですか? ドレスの件も含めてお話を進めるべきです」

「……? なぜ誘う必要がある」

「……は?」


 これまで一度も見たことがない程ユーゴの目が開いた。今にも顔から飛び出てきそうなくらいだ。常に冷静沈着でいた従者のかつてない表情にマルクトは思わず身を引いた。


「ユーゴ……お前、そんな顔できたんだな」

「誰が、させているとお思いです……?」


 地を這ったような声が聞こえる。ユーゴは眉間を抑えると、頭を振りながら大きなため息をついた。


「ああ、貴方様は……まったく、どうしようもない」

「な、そこまで言われる覚えはないんだが」

「……どの口が」

「ユーゴ……?」


 突如ユーゴは上着の襟首を引き、付いてもいない皺伸ばすと息を深く吸い込み始めた。その顔からは凄みを感じる。普段感じに従者からの圧に、マルクトは固唾を呑んだ。


「……ユ、ユーゴ」

「……ごほん、マルクト殿下?」

「……」

「貴方様は先日、ライオラ・フォン・エーデル公爵令嬢に婚約破棄を言い渡したと聞いておりますが」

「ああ」

「……公表はいつなさるおつもりで」

「次の、冬季休みの期間に。王城に戻る予定がある。その際に父上には話をするつもりだ」

「では、年内には正式に婚約を破棄されるというお考えでよろしいので?」

「ああ……年内には、だ」

「そうですか」


 学園の庭園、婚約破棄を告げた時のライオラの顔が脳裏に浮かんだ。彼女の瞳は空色。夏空の色をしたガラス玉のような潤った瞳が、こぼれんばかりに見開かれていた。


――ライオラを王家に縛り付けておくのは勿体ない。それでいいんだ……それでいい。


 独りよがりと言われようが、構わない。彼女には王家の争いからは離れた場所にいてほしい。


「……マルクト様、貴方様は本当に……どうしようもない。彼女の何を見て来たのです。後悔はなさらないのですか」

「……後悔しないために決めたことだ、ユーゴ。巻き込まないために」

「はぁ……」


 家臣のため息を聞きながら、テーブルに置いたライオラのノートを見つめる。端が少し折れたノートは、何度もページを開いた跡があった。


――あのハロルドと何を談笑しているかと思えば、こんなことを。わざわざ俺なんかの為にか……、何を言われたかわかっている筈なのにな。


 柔らかな手つきでそれを手に取りページを捲る。丁寧な字が、白地のページに滑らかな筆記体で記されている。幼い頃から、手紙のやり取りで見慣れてきた綺麗な字。


――『愛の魔法 炎 ファイア フレイム ボルケイヌ』……他にも風、水、雷と主要な属性は網羅したか……多いな。これ最後まで書いてあるのか。


 つい眉間を押さえる。頭痛がするわけではない。彼女の端正な文字と文面の不釣り合いさに思わず眩暈がしただけだ。


「……いいですかマルクト様。ダンスパーティー前に必ずライオラ様にお声がけをするように。他の者と踊らせたくなければ」


 ふと従者の言葉にピクリと眉を動かした。


「他の? ……誰と」


 ライオラがマルクトと踊ることは、学園内の誰もが周知のこと。婚約破棄が公にされていない以上、覆ることのない事実だ。あとひと月程度だが、それまでは彼女もマルクトの婚約者、これまで通り振る舞うしかない。


――他の誰が誘う? 


 ユーゴの顔は引きつっているようだ。ひくひくと頬が動いている。


「マルクト様……本気で仰っていますか? ……知りませんよ、ダンス相手がいなくなっても」

「それは」


 学園内のパーティーとはいえ、国の重鎮も来賓で現れる。ライオラと踊らないとなれば、公表する前に婚約破棄したことが露呈する可能性もあるわけだが。


「……それならそれで、構わないだろう」

「ドレスを贈った人が言うセリフですか、マルクト様」


 ぐさりと従者の言葉が胸に刺さった。


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