十四話 呪文の考案
ドレスの下見の後、ティータイムを兼ね作戦会議をすることにした。
学園のテラス席の端。ライオラはハロルドを席に着かせると、間にあるテーブルの真ん中に数冊のノートを置いた。
ぽかぽかした昼下がりの柔らかな日差しが体を温める。
ライオラはノートを開くと、前のめりになりハロルドに話しかけた。
「なにか良い呪文はないかしら。新しい魔法を考えようと思うの。少しでも殿下のお役に立てれば……」
「お嬢様。アレが自分で考えればいいことなのでは?」
「ダメよハロルド。殿下はあまり……可愛らしい言葉選びのセンスがないわ」
「……確かに」
ハロルドはゆっくりした動作で頷いた。
とりあえず思いついた物をペンでノートに記していく。すでに使用できた愛の魔法の呪文には丸く目印を付けつつ。
「サンダーとアクアブーケね。雷と水……魔法と言えばあとは火と風があるけれど」
「はい、基本の属性は抑えた方がよろしいかと」
「そうよね。『愛の魔法』、『光の戦士』……アイシア様の伝説は私も幼い頃から聞いていたけれど……何か王城に過去の記録は残されていないのかしら? 殿下を魔法少女にしているあの石を持ってきたのはハル、妖精の子だわ。アイシア様が妖精のもたらした魔法石で魔法少女になられたのなら、王家ではきっと何か残っているはずよ」
「そうですね、伝承に残るくらいです。きっとあるかと。ただ、あの王子は知らないようですが……」
「カロス先生はこうも仰っていたわ。魔法は元々妖精の物であったと」
ライオラが学んできた内容も先日のカロスの授業で聞いた話と同様、かつて魔法は妖精の物であったという話。人間と魔族の争いが終わらないことを見かねた妖精が力を貸した結果、今日人間も魔法が使えるようになったとか。元は人間界にはなかった魔法の力。それが使えるようになったのは、アイシア妃の伝説が生まれた後。
「ハロルド、私思ったのだけど」
「何でしょうか」
「かつてアイシア様は魔法石の力を借り、魔王軍を打ち倒した。当時はまだ少女であったと記されているわ? それが妖精国では魔法使いの少女、魔法少女の話として伝わった……ハルが魔法少女と呼び続けていたのも理解ができる気がするの」
「魔法使いの少女、それが魔法少女に……なるほどですね……」
引っかかることがあるとすれば、国の第一王子あるマルクトが魔法石のことを知らないということ。
――どうして殿下は知らないのかしら……。
アイシア妃の功績は残ったが、魔法石のその後についてはライオラが知る限り文献に残されていない。魔王軍を倒した後、その直後に魔法石は失われてしまったのか。それとも誰かが妖精が国に持ち帰ったのか。
「愛……愛の魔法……愛を込めずとも、魔法は使えるわよ……? 何が違うのかしら」
「……通常魔法では魔物を傷つける。ここに違いがあるかと。お嬢様、ただ唱えただけでは効き目はないと聞きましたが?」
「ええ。愛する心がなければ魔法は威力が出ないわ。実際、殿下がうまく言えなかったときは効果があまりなかったもの」
「確かに発動する気配はなかったですが……愛の魔法……なんて恐ろしい魔法だ、あの呪文を言わないといけないなんて。ところでお嬢様、殿下のあの衣装は一体……」
「あの衣装は殿下が変身魔法を唱えたら、着替えていたの……ステッキが用意していた物だと思うわ」
「そ、そうですか……あれは強制なのか……」
「ハロルド?」
ライオラは首を傾ける。
ふと彼のカップの中身が減っていないことに気付いた。思えば話し始めてから、ハロルドは一度も紅茶を口にしていない。
「あらハロルド、貴方全然飲んでいないじゃない。喉が渇いてしまうわ。私しかいないのだし、気にしないで。話し込んでしまったわね……楽にしていて頂戴?」
「お嬢様、お心遣い痛み入ります。使用人の立場で、着席しているだけでも本来ならば許されないことだというのに」
「そんなこと言わないで、貴方だって侯爵家の出身じゃない。私達エーデル家の方こそ、いつまでも貴方を拘束してしまっていて、申し訳ないわ」
「そんなことはありません。私は三男坊ゆえ、他に道もありませんので。侯爵家の生まれであっても、その身分を傘に着ることはしません。ですが、お気遣いに感謝します。ふむ……美味しいですね、このお茶菓子は」
「……まあ、ハロルド。ふふ、それは貴方が焼いた物でしょう?」
「ははは、そうでしたっけ?」
ハロルドが軽快そうに笑い飛ばす。ライオラが口にする菓子は基本的にハロルドが用意した物だ。侯爵家の出であっても、この貴族社会で生き残る為にしてきた彼の努力は計り知れない。どんな思いで使用人の道を受け入れたのか。
「ねえ、ハロルド」
「はい……?」
「……ふふ、いいえ。やっぱりなんでもないわ。美味しいわね……このカモミールのお茶によく合う」
「あ、お嬢様。御髪にゴミが」
手袋が外された少し無骨な長い指が、すっとライオラの金糸の髪に伸びた。
トクリと鼓動が跳ねる。
少し腰を浮かせた状態のハロルドの顔が近付き、彼の若草を思わせる瞳がはっきりと見えた。
触られた感覚もないまま、彼はライオラの髪に付いていた物を取ると紙にくるむ。
「枯葉のかけらのようです。もう付いていませんよ」
「……」
「お嬢様?」
指は当たっていないはずなのに。どうしてか心にむず痒さを覚えた。今日はやけにハロルドの瞳の色が鮮明に見える。軽く咳ばらいをすると、ティーカップを口元に運び顔を隠した。
「……い、いいえ、何も。ありがとう……ハロルド」
「いいえ」
少し冷たくなったカップを口につける。今しがた含んだ紅茶は、先ほどより苦く感じた。
いつまでそうしていただろう。気が付けば日が傾いてきており、遠くの空が朱に染まり始めていた。
「……くしゅんっ」
「お嬢様、そろそろお部屋に戻られた方がよろしいかと」
「そうね。ハロルド、付き合わせてしまってごめんなさい」
「いいえ、私のことはお気になさらず。かなり良い案が出たのではないですか? 後で私からユーゴを通して渡しておきましょうか」
「いえ、もう少し待ってくれる? ……直したい箇所があるの」
「直したい? これ以上どこを。ラブ・フレイムもラブ・トロンも、ラブ・ストームも実にシンプルで良いネーミングであると思いますが」
「でも手数は多い方が良いと思わない?」
「ま、まあ……唱えるのはあの王子ですから……確かに魔法の数は多い分には……」
ハロルドが声を震わせながら言う。
――殿下はまだ羞恥心を捨てきれていないわ。一瞬の隙が命取り……殿下が迷わぬよう、今のうちに私が呪文のレパートリーを増やしておかなければ。
『愛の魔法』を使うにはわかりやすい呪文にするのが大事なのだろうと、ライオラは考えている。
妖精が言っていた慈しみの心。マルクトは効率を重視している節がある。呪文を考えている暇があるなら、ステッキを使わずに片付けてしまうだろう。
きっと少女が思い浮かべる様な呪文は思いつかない。
「ハロルド、殿下は照れ屋さんよ? 愛の魔法は可愛らしい言葉が多いから、できれば殿方でも言いやすい呪文にして差し上げたいの」
「ラブが付いていたらどれも同じな気がしますが……」
ハロルドは腕を組み、考え込むような仕草を見せた。
その時、不意にテラス席の入り口から足音が聞こえて来た。そして聞こえたテノールの声に大きく鼓動が跳ねる。
「ライオラ、誰と話しているんだ」
「! マルクト様……い、いえ、殿下」
マルクトがカツカツと靴音を立て近づいてくる。彼の背後にはユーゴの姿もあった。
ライオラは急いで頭を下げるが、座っていたままなのを思い出す。
いけない、立たなければ。
慌てて立ち上がろうとするが、鉄製のガーデンチェアは重く、足首に絡まりもつれてしまった。引っかかった足のせいで、ライオラは前のめりに倒れこむ。だがテーブルに手をつく前に、大きな手が肩を支えた。温かく、厚みのある手。
「大丈夫か!」
「っ……申し訳ございません、殿下」
包帯を巻かれた手が目に入る。先日のアイアンローズと遭遇した時の怪我だ。慌てて殿下の手から身を引く。
「お手が……痛みますでしょう?」
「いや、見た目ほどひどくは無い。剣を握っても支障はない」
マルクトが彼自身の手のひらを見ながらそう答えた。
「ところでライオラ、ハロルドとやけに親しそうにしているが」
「殿下、ハロルドもたまには羽を伸ばしたくてよ。ここは学園です。彼も一生徒として通っていますから」
眉を寄せて言うマルクトの赤い瞳に、鋭さが増した気がした。すると突如マルクトは何か見つけたのか視線を動かした。
「ん? これはなんだ……」
目線の先を追ってみればそこはテーブルの上。開かれたままのノートが置かれている。ライオラは自然な手つきでページを閉じると、両手を前にそろえながら笑み作り言った。
「魔法少女計画ノートです」
「魔法少女計画ノート?」
マルクトに復唱される。




