十二話 捨てきれぬ思い
薔薇の香りが漂う学園のガーデンに戻った。
変身を解いたマルクトは、騎士団の詰所に今回の件を報告すると言い、すぐにこの場を後にした。早く伝えるに越したことはないだろう。昨日の黒狼の事もあるのだ。
ライオラは同行すると申し出たが首を横に振られてしまった。「お前は部屋に帰れ」と、抑揚のない声で突き放されたのだ。
彼の姿が見えなくなった後、ぎゅっと服の袖を握った。
追いかけてはいけない。以前の様に、彼の傍には立てないのだから。己はもう、ただの家臣の一人でしかない。
ハロルドの声が優しく心に響く。
「お嬢様。戻りましたらお茶をお入れしましょうか。ティータイムの仕切り直しといたしましょう。あと、先程の魔法の件を伺いたいのですが」
「……ええ、お話しするわ、ハロルド」
そう、己はただの公爵家の娘。マルクトの去った先を見据えながら、ライオラは自身にそう言い聞かせた。
女子寮に続く中庭を歩きながら、周りに人がいないことを確かめると、ハロルドに『魔法少女』の件を伝えた。
話を聞いた彼は興味深そうに頷きを繰り返していた。
「なるほど……それでマルクト殿下のお側に妖精が。王国内に現れるとは珍しいですね」
「そうね、基本的に妖精国の外には出ないはず」
「妖精は魔法石の使い手を探していたと。お嬢様ではなく殿下と契約を……婚約破棄の場で、ですか。へえ……フッ」
「え、ええ」
呆れたような、嘲笑を含んだような音が聞こえたが気のせいだろうか。
「ねえ、ハロルド。貴方も見ていたと思うけど、魔法石の魔法を殿下が使いこなせるか心配なの」
「ああ、あの『マジカル・ラブ』……」
薔薇の魔物と遭遇した時もだが、彼一人で呪文の詠唱が出来るとは思えない。
いつのまにか、女子寮の門の前に辿り着いていた。白い石壁が、城壁のようにライオラの前にそびえ立つ。
「お嬢様」
ハロルドの声が後ろから耳を撫でた。
「ハロルド、私わかっているの。あの人の側にいてはいけないって。でも……」
婚約破棄という言葉が頭の中を支配する。
突き放されたのに。だが彼の態度は変わらなくてーー、
「あの人を一人にさせたくないと思ってしまうの」
「……」
沈黙が落ちる。
屋根の上で、鳥が羽ばたく音が聞こえた。
返事が聞こえてこない。
ハロルドを困らせてしまったらしい。
「ごめんなさい。入りましょう?」
口の端を上げ、笑みを貼り付ける。
誰も困らせたくないのだ。
だが今のライオラには、どうしていいのかわからない。
ただマルクトと将来を歩み、民を守っていく未来を思い描いていただけなのに。




