十一話 鉄の薔薇
声が聞こえた場所に駆け出す。ただ助けなければと、その感情だけで動いていた。その時、
「まて、ライオラ!」
「きゃあっ!」
体を横から強く押された。遠くに弾き飛ばされる。視界には影が落ち、黒い布地とピンクのステッチが目に入る。マルクトだ。彼に覆い被さられていた。先ほど彼に突き飛ばされたのだと悟る。
「で、殿下」
「すまない! 咄嗟のことだったから。怪我はないか」
「ええ、私は……っ、殿下、手に血が! お怪我をされましたの!?」
「俺は問題ない。お前に怪我がないのなら、それでいい」
「殿下……」
「お嬢様、殿下! 早くそちらをお離れに!」
ハロルドの叫ぶ声が聞こえた。マルクトの顔が近づき、体を力強く抱かれたかと思えば、ごろりと二人で地面を転がった。先程までいた場所からは、鞭のような爆発音が地面を叩きつける音が聞こえてくる。
ーー何の音なの……。
ライオラはぐるりと回る視界の隅で、巨大なツタが地面をえぐっていく光景を目にした。ツタが伸びている元を目で辿れば、巨大な薔薇の足元からそれは生えていた。薔薇が葉をうねらせながら迫って来る。花が動くたびに、まるで金属同士を擦り合わせたような音が響く。
「お嬢様!」
「マルクト様! ライオラ様!」
従者二人の叫び声。
地面を転がった後、ライオラの上にマルクトが覆いかぶさった。彼の黒い横髪がはらりと垂れる。
「……あ、でん、か」
「ライオラ……ッ、ユーゴ! あれはアイアンローズ、魔界に生息する植物だ! 炎魔法で焼き払うぞ!」
「は! マルクト様」
「ま、まつですの、ユーゴさん! ふつーの魔法じゃダメですの!」
マルクトの指示で魔法を使おうとしていたユーゴを、ハルが顔の前に飛び止める。
「ハル! ユーゴの邪魔をするな!」
マルクトの声に驚いたのか、ハルはびくりと肩を揺らした。
「ううう、でもおうじさま! ふつうの魔法はいたいんですよ! 炎の魔法なんて、あのこがしんじゃいます!」
「つべこべ言っている場合か! 王国騎士団がどれだけアイアンローズに苦しめられてきたか……お前はわかっているのか!」
「うっ、で、でも……」
マルクトとアイアンローズを見て迷っている様子のハル。
「あのこは、だって……じぶんのいしじゃ、ないのに……」
ハルはあの魔物を傷つけたくないようだった。
――何か理由があるの……なら。
昨日学園に現れた黒狼と同じように、ステッキの魔法ならば。ライオラはマルクトの顔を見つめた。
「殿下……優しい魔法、ありますでしょう?」
「? 何を言って」
「ほら、こちらに」
そう言ってライオラは、マルクトの手元にあるステッキに視線を移した。これなら傷付けないで済む。
「なんだ、何のことかと思えば魔法石の魔法か。昨日使った魔法は雷魔法だ。アイアンローズに雷は効かない。炎でなければ」
「炎ではありませんわ」
「ライオラ?」
「相手を傷つけない魔法、すばらしいではありませんか。かつてのアイシア様のように……殿下、使いましょう。愛の魔法を」
ライオラは腹に力をこめると、彼の体に手を添えて退かせると起き上がった。マルクトも立ち上がると、側に寄り添った。
――アイアンローズ、鉄の薔薇ね……。
アイアンと名付けられていても、正体は魔界に生息する植物。炎魔法を当てればよく燃えることだろう。
――私、すべてを守ると決めたの。殿下だけでなく、この国を……なら、ちゃんと守らないと。
国を守るということは、世界を守るということ。人間だから助ける、魔族だから助けないなどと分け隔てていては何も変わらない。
――争いは消えない……殿下が魔法石に選ばれた意味を考えるのよ、ライオラ!
考えるのだ、あの魔族を救うためには何をするのが正解なのかを。
苦しめてはいけない。植物であるのなら、彼らにとって相性の良い魔法を使えばいいのでは。
「……殿下、水魔法を。あのアイアンローズを水牢に閉じ込めましょう」
「水魔法だと? ライオラ、あの薔薇に水は効かないんだぞ!」
「ええ、効かなくても良いのです。ハル、貴方は言ったわね? あの子は自分の意思ではないと。つまり何かの手違いで、この場に召喚させられたのかもしれません。それを焼き殺してしまうなんてできないわ」
「ライオラ、魔族に慈悲など」
「殿下。痛みは皆、等しくてよ」
微笑みは崩さないまま、マルクトを見つめ続ける。
「昔、私にこう言ってくださったではありませんか。私の痛みは俺の痛みでもあると。私にくださった殿下のお優しい心を、あの子にも分け与えてください。さあ、ステッキを。そうですわ……前にお構えになって?」
「……」
「私に続いてください」
あの花を優しく捉える水の牢獄を思い浮かべる。いや、牢獄ではいけない。もっと優しく温かなものを。
ライオラは息を吸い込んだ。
「――殿下、行きます! マジカル・ラブ・アクアブーケ!」
「マジカル・ラブは固定なのか!」
「殿下! マジカル・ラブ・アクアブーケ! ですわよ!」
「マ、マジカル・ラブ・アクアブーケ!」
「もっと大きな声で!」
「ああもう! マジカル・ラブ……アクアブーケ‼︎」
「ユーゴ、私たちは何を見せられているんだ?」
「黙って見守りましょう、ハロルド」
ライオラはマルクトに肩を抱かれ支えられながら、彼が詠唱するのを見届ける。ステッキからアイアンローズに放たれた魔法は淡い水色の光の壁。光は波のように揺れると、アイアンローズの身体を包み込んだ。まるで花束を包んだブーケの包み紙のように。
「どうか止まって……」
落ち着いてくれ、そう願う。
荒々しく地面を打ちつけていたアイアンローズの蔓は、徐々に穏やかな動きに変わっていく。
――苦しくはないはずだわ……きっと。
自分を攻撃してこないことに気付いたのだろう、やがてアイアンローズは魔法の中で動きを鎮めた。
「ライオラさん! いいセンスしてますねぇ!」
暴れさせていた棘のついたツタが地面に垂れた。そして水色の光が増しアイアンローズの姿が見えなくなると、眩い光と共に離散して消えた。
「……帰った、のか」
「さすが、殿下ですわね」
漂っていた不快な匂いも消えた。アイアンローズはマガツ森に帰ったのだろう。
ユーゴとハロルドが駆け寄ってくる。
「マルクト様!」
「お嬢様!」
マルクトと共にハロルド達を振り返った。ハロルドがどこか怒っているように見えるのは気のせいだろうか。
「ハロルド、貴方は無事?」
「ええ。お嬢様は? 魔族が学園に現れるだなんて……次期騎士団長となられるご予定のマルクト殿下? 学校の警備はどうなっているんですか? ええ?」
ハロルドは王子相手に恐れていないのか、マルクトに突っかかった。互いに昔馴染みゆえ、気兼ねなく話せる間柄だからというのもあるのだろうが。
マルクトがハロルドの問いに答える。
「騎士団には学園内外の見回りと警備の強化、そして魔界側の動きにも注視するよう伝える。無論、この件は国王の耳にも入るようにする」
彼ははっきりとそう言った。
ライオラは先程までアイアンローズがいた場所を見た。まるで何事もなかったかのように、跡形もなく消えている。不思議だ。水魔法を使ったのに、地面には濡れた痕跡がない。
――あの子のためだけに使った魔法だからかしら……?
通常魔法とは違うのだろう。
「それで、ヘタレ殿下? いつまでうちのお嬢様とくっ付いているんですかねぇ?」
「なんだ、ハロルド。文句でもあるのか」
「殿下はもうお嬢様の婚約者ではありませんよね? 早く離れてくれませんか? あとその服、何ですか。ささ、お嬢様。こちらに」
「あ……ああ、これは……その、すまない、ライオラ、不躾に」
「気にしておりませんでしてよ。私の方こそ、ベタベタと……申し訳ございません」
頭を下げ、彼から離れハロルドの側に歩み寄る。そうだ、婚約破棄されているのだ。恋人同士でもないのに、体が触れ合うほどの距離に立つべきではない。相手はこの国の王子、身の程を弁えなければ。




