十話 ミラクル・メイクアップ
「さあ殿下、石を」
「おうじさまー」
「……あー……はあ、もう、ったく」
「早くしてください、殿下。やらないなら騎士の者に伝えてきますが」
「おい、ユーゴ」
従者にそう言われた彼は顔を引き攣らせる。
――必ず守るわ、国も殿下も、私が。
ライオラの心にはやる気の炎がともる。
「おうじさまー? 石はここにあるのですの!」
「あらハル、ありがとう。では殿下、石をお持ちになって?」
「……俺の味方はいないのか」
諦めたような様子でマルクトが妖精から石を受け取るのを見守る。彼の手の上で石は光り、輝きが四方に散る。ぴょんと石が跳ねると眩い光に包まれ、ピンクのステッキが現れた。
「さあさあ、おうじさま! ステッキをとって……へんしん呪文、ミラクル・メイクアップ! ですの!」
「ミ、ミラ……、言わなきゃいけないのか! 前回はなかったじゃないか、聞いてないぞ!」
「いってませんもーん。二かいめいこうはへんしん呪文もひつようなのです!」
「……くそ、なぜもっとマシな言葉にしなかったんだ」
ミラクル・メイクアップ……ふむふむとライオラは頷く。なんとシンプルに可愛らしい言葉か。マジカル・ラブ・サンダーといい、この言葉選び、おそらくアイシア妃が石に選ばれたのは幼少の頃。このような子供騙しのような呪文の方が、覚えやすく使いやすかったのだろう。
マルクトには可愛らしい呪文の言葉に違いない。恥ずかしくて言えないのなら。
「殿下、私も! ミラクル・メイクアップ!」
「ラ、ライオラ」
「殿下! ミラクル・メイクアップ! ですわよ!」
こういうのは勢いが大事だ。
「っ……ミラクル・メイクアップ!」
ふわりと彼と共に風に包まれる。目の前を舞うバラの花びらの華やかで甘い匂い。ライオラは、制服姿から黒いステッキの礼装に着替えたマルクトの、少しうるんでいるような瞳を見つめた。
「……よくできました、殿下?」
「……ライオラ」
「お、お嬢様? 殿下のその格好は……一体……」
ハロルドの狼狽えたような声。振り返れば、混乱している様子でマルクトが持っているステッキを凝視していた。
「こ、これは……あの殿下がお持ちになられているのは……」
「ハロルド、後でお話ししますから。今は魔物を探しに行きましょう。ユーゴ、貴方も来てくださる?」
「はい、もちろんでございます。ライオラ様」
「お嬢様、私は」
「ハロルド、貴方も」
「は! お側に!」
ハロルドも腰を折って返事をする。
「……」
「おうじさま? どこをみてるですの?」
「……早く終わらせるぞ」
マルクトがステッキを持ちながら片手で顔を覆った。そんな彼の顔を隠す手を、ライオラは軽く触れて下ろさせた。
「お顔を隠さないでください、殿下」
「……君は」
「大丈夫ですわ。殿下のサポートならこの私、ライオラ・フォン・エーデルにお任せください。貴方様の為に、完璧な愛の魔法が放てるよう、全力で詠唱いたします」
「……ライオラ、いや、どうしてそんなに乗り気なんだ」
「王家に仕える公爵家の者の務めです。行きますわよ、殿下。学園の平和は私達にかかっています!」
そう宣言し、ライオラは森の奥を突き進んだ。
木々の葉が陽光を遮り、自然の涼しさが肌を撫でていく。
一度魔法学の実技授業で森の中に入ったことはあったが、手前までで奥まで進んだことはなかった。
――静かですわね……、! 何かしら……この臭い……。
突如鼻をついた悪臭に表情を歪める。何か腐ったような臭いに混ざり、焦げ臭い香りが漂う。
匂いがする方へ進むと、やがて森の中の開けた場所に出た。
その真ん中には不自然に咲く一輪の巨大な薔薇が佇んでいた。騎士団の男達より遥かに高く伸びた花枝には、ナイフのように鋭利な棘がいくつも飛び出している。
――なんて大きな棘……触ったら怪我をしてしまいそう。
花はライオラの体より大きく、満開に咲いたそれは真紅の花弁を見せ付けるかのように広げて地面に影を落としていた。
「……どうしてあんな場所に咲いているのかしら?」
ぽつりと呟く。
なぜ一輪だけなのか。そこに咲いているのは、あまりにも不自然。
マルクト達と周囲を見渡していると、突如ライオラの耳に悲鳴に似た音が聞こえてきた。まるで女性にも、子どものようにも聞こえる甲高く細い悲鳴のよう。
「っ! 誰かいるの!?」




