第9話「頑固者の腰」
「余所者の薬なんぞ、飲めるか」
ヨナス老人は僕の顔も見ずに、そう吐き捨てた。
ミルドでも指折りの頑固な農夫だという。腰を痛めて、もう何ヶ月も畑にまともに立てない。それでも、追放されてきた最弱の魔導士に頼るくらいなら、痛みを我慢するほうがましだ。そんな顔だった。
村のみんなが僕を頼ってくれるわけではない。当たり前のことだ。ガレオの足やトムの腕の話が広まっても、信じない人は信じない。
僕は無理に勧めなかった。一礼して、その日は引き下がった。
◇
数日後、ヨナスの娘のマレナが僕の家を訪ねてきた。
「父さんの腰、本当はひどいんです。夜中に痛くて唸って……でも、痛いせいで、いつも不機嫌で。あたしが何を言っても、怒鳴るばかりで」
マレナは目を伏せた。
「もう、どう接していいか、分からなくて」
痛みは、その人だけのものではない。そばにいる家族の心まですり減らしていく。
「薬を作ってみます。飲んでもらえるかは、ヨナスさん次第ですが」
◇
ヨナスの腰は、ガレオの足とは違う。
表面の筋ではなく、体の芯から冷えて、血のめぐりが滞っている。こういう痛みには、湿布で外から温めるだけでは足りない。体の内側からじっくりと温める薬がいる。
僕は煎じ薬を作ることにした。
棚から、温めの根と、血のめぐりを助ける樹皮を取り出す。根は固いので、まず細かく刻む。それから、支えに加える乾いた薬草を、例のふるいにかけた。魔法陣が、み、み、み、と箱を震わせ、きめの細かい粉だけがさらさらと落ちていく。手間がひとつ減った。
鍋に水を張り、刻んだ根と樹皮を入れて火にかける。
ことこと、ことこと。
静かに煮出していくと、湯がだんだんと琥珀色に染まっていった。立ちのぼる湯気は、土の匂いにほのかな甘さのまじった、滋味深い香り。煮立ててはいけない。強く沸かすと、根の成分が荒れて飲みにくくなる。あくまで、ことこと、ゆっくりと。
ただ、この薬はどうしても苦みが強い。頑固なヨナスが顔をしかめて突き返す姿が、目に浮かんだ。
そこで、少しだけ蜜を足した。薬効を邪魔しないぎりぎりの量を、指で確かめながら。苦みの角が取れて、ほんのり甘く飲みやすくなる。
煮出した薬を、布で静かに濾す。とろり、と琥珀色の液が椀に落ちていった。
◇
マレナに薬を託して、また数日が過ぎた。
ある朝、畑に出ると、ヨナスが立っていた。
腕を組んで、仏頂面のまま。けれど、その腰は前のように曲がってはいなかった。
「……あの、苦い薬」
ヨナスはぶっきらぼうに切り出した。
「飲んだら、夜、眠れるようになった。腰の芯の、冷えてたところが、あったかい」
僕はうなずいた。
「内側から温まって血がめぐれば、こわばりもゆっくりほぐれます。続ければ、もっと楽になりますよ」
ヨナスは、しばらく黙っていた。それから、ぼそりと言った。
「マレナに……きつく当たっちまってた。痛いのを、あいつのせいにして」
ごつごつとした手が、所在なげに組まれたり、ほどかれたりする。
「薬の礼は、言わん。気にくわんからな、余所者は。だが……まあ、畑の野菜くらいは、持ってきてやる」
不器用な、その言葉。けれど、僕にはじゅうぶんだった。
◇
その日の夕方、マレナが籠いっぱいの野菜を抱えて、礼を言いに来た。
「父さん、あたしに、ありがとうって。何年ぶりか分かりません。……あの人、すこし、昔みたいに笑うようになって」
マレナの目に、うっすらと涙がにじんだ。
痛みが、人の心をささくれ立たせる。それをほどけば、こわばっていたのは腰だけではなかったと分かる。
薬は、ただ体を治すだけのものじゃない。
◇
ヨナスを見送ったあと、僕は畑の癒し草に水をやった。
若葉は、また少し丈を伸ばしている。
次は、煎じ薬をもっとたくさん作れるようにしたい。一度に一椀ずつでは、村じゅうの腰や冷えにはとても足りない。煮出す手間を、どう楽にできるだろう。
火加減を、見張らずにすむ仕組み。それが作れたら、きっと、もっと多くの人に薬が届く。
また一つ、考えることが増えた。それが嬉しかった。




