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第10話「火を見張らない竈」


 煎じ薬には、一つだけ厄介なところがある。


 火加減だ。


 煮立てれば、根の成分が荒れて飲みにくくなる。かといって、火が弱すぎても薬効は十分に引き出せない。とろ火を、ずっと一定に保たなければならない。


 つまり、竈の前に、付きっきりになる。


 一椀ぶんなら、それでもいい。けれど、ヨナスのような患者が増えれば、一日じゅう火の番をして終わってしまう。それでは、ほかの薬を作る時間がない。


 ──火加減を、人の代わりに見張る仕組みが、ほしい。


 ◇


 僕は、また魔法陣を使うことにした。


 考え方はこうだ。鍋の下に、ごく弱い熱を呼ぶ魔法陣を敷く。問題は、その熱をどうやって一定に保つか、だ。


 ここで、前に学んだことが効いてくる。魔法陣は、図形が左右で揃っているほど大きな力を呼ぶ。逆に、図形が歪めば呼ぶ力は弱まる。


 だったら、その歪みを、熱そのものに作らせればいい。


 僕は、魔法陣の真ん中に、細い金属の板を渡した。金属は、熱を受けるとわずかに伸びて反る。湯が熱くなりすぎると、板が反って図形の対称が崩れる。すると、呼ぶ熱が自分から弱まる。湯がぬるめば、板はもとに戻り、また熱を呼ぶ。


 人が見張らなくても、火加減がひとりでに整う理屈だ。


 ◇


「ロイさーん! 何やってるの、それ」


 久しぶりに、ニナが顔を出した。新しい仕掛けが珍しいらしく、目を輝かせている。


「火を見張らなくていい、竈を作ってるんです」


「火を見張らない竈? なにそれ、ずるい!」


 さっそく、ニナにも手伝ってもらって、鍋を据えた。水を張り、刻んだ根を入れて、魔法陣に指を触れる。


 じわ、と鍋の底があたたまり、やがて、ことことと薬が煮え始めた。


「わ、ほんとに煮えてる!」


 ニナが、はしゃいだ声をあげた。けれど——


 ぼこっ、と湯が跳ねた。


 温度が上がりすぎて、金属の板が勢いよく反りすぎたのだ。すると今度は、熱が一気に引いて湯がしぼむ。少しすると、また、ぼこぼこと沸く。煮えたり、しぼんだり。火加減が激しく揺れていた。


「あちちっ。ロイさん、これ暴れてる!」


「板が、敏感すぎたか……」


 ◇


 やり直しだ。


 反りすぎるのが原因なら、答えは単純だった。


 僕は、細い板を、少し厚いものに替えた。厚い板は、熱を受けてもゆっくりとしか反らない。急に対称が崩れたり戻ったりせず、なだらかに熱を加減してくれる。


 二度目。


 鍋の底が、じんわりとあたたまっていく。湯気が、ふわりとまっすぐ立ちのぼった。


 ことこと、ことこと。


 今度は、はねない。煮立ちもせず、冷めもせず。ちょうどいいとろ火が、いつまでも静かに続いている。竈のそばで、魔法陣が、ほのかな淡い光を、息のように瞬かせていた。


「……できた」


 僕は、鍋から離れて、椅子に座った。火を見張らずに、煎じ薬が煮える。当たり前のようで、これまで一度もできなかったことだ。


「すごいすごい! ロイさん、その間に、ほかのお薬作れるじゃん」


 ニナの言葉に、僕は、はっとした。


 そうだ。これで、一度に何椀ぶんも煎じられる。火の番に縛られず、別の調合もできる。


 つまり——もっとたくさんの人に、薬が届く。


 ◇


 その日、僕は、煎じ薬を三鍋ぶん、いっぺんに仕込んだ。


 ヨナスの腰に。冷えで眠れない老婆に。咳の止まらない木こりに。これまで、手が回らずに後回しにしていた人たちへ。


 仕組みを一つ作るたび、僕の手は増えていく。魔力ゼロの最弱でも、知恵と工夫で、二人ぶん、三人ぶんの働きができる。


 ◇


 その夜、畑を見回った。


 癒し草は、すっかり背を伸ばし、青い葉を茂らせている。けれど、畝はもう、いっぱいだった。


 患者が増えれば、薬草ももっといる。


 ──畑を、広げよう。


 癒し草だけじゃない。山藍も月見草も、自分の畑で育てられたら。村の薬を、村の土からまかなえるようになる。


 次は、薬草園を広げて、いろんな草を育てる番だ。


 やりたいことが、また一つ増えていった。


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