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第6話「ガレオの足」


 朝、僕は調合台の前に立った。


 ゆうべあれだけ段取りを思い描いても、いざ手を動かすとなると指先が少しだけ緊張した。これが、ミルドの村で作る初めての薬になる。


 まず、鎮痛の草を挽く。


 乾いた葉を乳鉢に入れ、すりこぎを転がすように動かす。押し潰してはいけない。強く擦ると摩擦の熱で、せっかくの香り成分が飛んでしまうからだ。ころ、ころ、と乾いた音を立てて、葉が少しずつ粉になっていく。立ちのぼるのは、鼻の奥にすっと抜ける清涼な香り。これが痛みを鎮めてくれる。


 次に、山藍だ。


 きのう摘んだ葉を細かく刻む。まな板の上で、とん、とん、と包丁を鳴らす。切るたびに、葉の断面から青くさい汁がにじんだ。


 これを湯せんにかける。


 鍋に湯を張り、その中に、刻んだ山藍を入れた小さな器を浮かべる。直に火にかけてはいけない。山藍の薬効は熱に弱い。煮立てれば肝心の効き目が壊れてしまう。


 湯気がふわりと立った。


 器の中の山藍が、だんだんと色を濃くしていく。湯の温度を指でときどき確かめる。熱すぎず、ぬるすぎず。湯気がやわらかく揺れる、ちょうどいい加減を保つ。


 焦らず、ゆっくり。


 やがて、湯せんした山藍に、挽いた鎮痛の草を混ぜ合わせた。青くさい匂いと清涼な香りが溶け合って、不思議と心の落ち着く匂いになる。


 それを清潔な布の上に薄く伸ばす。厚すぎれば肌に熱が伝わりにくい。薄すぎればすぐに冷めてしまう。指の腹で、均一の厚さに整えていく。


 ──できた。


 まだ温かい湿布を手に、僕はガレオの家へ向かった。


 ◇


「おう、兄ちゃん。ほんとに来たのか」


 ガレオは戸口で僕を迎えた。半分はやはり信じていない顔だった。


「足を見せてください」


 椅子に座ったガレオが、ズボンの裾をまくる。右の膝は、長く庇い続けたせいで、まわりの筋がごつごつと固まっていた。


 僕は、温かい湿布をその膝にそっと当てた。


「熱っ……くはないな。あったかい、くらいか」


「すぐには効きません。しばらくこのまま温めます」


 布の上から、手のひらで軽く押さえる。じんわりと温もりが膝に染みていく。


 待つあいだ、ガレオは昔の冒険者時代の話をした。北の山で足をやられたこと。それから何年も、この痛みと付き合ってきたこと。雨の降る前の晩は特にうずいて、眠れないこと。


 やがて、四半刻ほど経った頃だった。


「……あれ」


 ガレオが、ぽつりと声をもらした。


「なんだ、これ。膝の奥の、こわばってたのが……ゆるんできてる」


 彼はおそるおそる膝を曲げた。いつもなら顔をしかめる動きのはずが、今はすっと曲がる。


「血のめぐりがよくなって、固まった筋がほぐれてきたんです。痛みも、鎮痛の草が抑えてくれます」


 ガレオは何度か膝を曲げ伸ばしした。それから、信じられない、というように僕の顔を見上げた。


「魔法じゃ、ねえんだよな。これ」


「はい。ただの薬草です。手間をかけて、ちゃんと作っただけの」


 ◇


 ガレオは、しばらく黙っていた。


 大柄な肩が、ゆっくりと上下する。日に焼けた顔が、少しだけ、くしゃりと歪んだ。


「……何年もだぞ。医者にも、見放された足だ。それを、追放されてきた最弱の魔導士が、草っぱで」


 彼は、ぶっきらぼうに鼻をすすった。


「兄ちゃん。あんた、すげえよ」


 飾りのないその一言が、胸にまっすぐ届いた。


 魔法を使えると褒められたことなんて、一度もなかった。けれど今、僕の手間と知識が、一人の人の痛みを確かに和らげた。


 それは、十年いたギルドのどんな称賛よりも、ずっと温かかった。


「湿布は、毎日替えに来ます。一度で治るものじゃない。けど、続ければ、もっと楽になります」


「ああ。頼むよ、先生」


 先生、と。ガレオは、照れくさそうに言った。


 ◇


 その日から、ガレオの足の話は、村に少しずつ広まっていった。


 あの偏屈なハンナ婆さんが認め、見放されたガレオの足を和らげた、薬草の兄ちゃん。


 翌朝、僕が畑に出ると、見知らぬ村人が一人、おずおずと近づいてきた。


「あの……うちの子の、虫刺されが、ひどくて。診てもらえないかね」


 僕は、笑顔でうなずいた。


 次は、虫刺されの薬を作ろう。村のみんなの小さな不調に、一つずつ答えていこう。


 僕の薬草ぐらしは、ようやく本当に始まったのだ。


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