第52話「市の立つ日」
ギルドが辺境から手を引き、村に、本当の平穏が訪れた頃。
ミルドの村で、初めての市が、立つことになった。
薬を求めて、近隣の村々から、人が集まる。その人の流れに乗って、行商人たちが、品物を持ち込むようになった。布、金物、塩、香辛料。やがて、それは、月に一度の、大きな市へと育っていった。
市の立つ日、村は、見違えるほど、賑やかになる。
広場には、所狭しと、店が並ぶ。野菜や、果物。ザックの羊の毛で織った、温かな織物。バルトのところの、山羊の乳で作った、チーズ。村の女たちが焼いた、香ばしいパン。そして、もちろん、僕の薬も。
僕の調合小屋の前には、薬を求める人の列が、できていた。けれど、もう、僕一人で、応対しているわけではなかった。薬草教室で育った若者たちや、隣村から学びに来た者たちが、立派に、薬を捌いている。僕は、難しい症状の相談にだけ、乗ればよかった。
「先生、ごぶさたしてます!」
懐かしい声に振り向くと、旅商人のダレンが、人懐こい笑みを浮かべて、立っていた。
「いやあ、たまげたよ。あのとき、寂れてた村が、こんな立派な市場になるなんてな。あんたの薬が、本当に、この辺り一帯を、変えちまった」
ダレンは、感慨深そうに、賑わう市を、見渡した。
「ここに来りゃ、安くて効く薬が、手に入る。だから、人が集まる。人が集まりゃ、物が集まる。物が集まりゃ、また人が来る。……薬一つが、村を、生き返らせたんだ」
僕は、照れくさくなって、頭をかいた。
「僕一人の力じゃ、ありませんよ。村のみんなが、力を合わせたからです」
それは、本心だった。荒れ地を耕したのも、温室を建てたのも、水路を引いたのも、道を整えたのも、みんな、村の人たちだ。僕は、薬草の知識を、持っていただけ。その知識が、村人たちの手と合わさって、初めて、この賑わいが、生まれた。
市の片隅では、ニナが、薬草の苗を、売っていた。村長の孫娘も、すっかり、薬草園の、立派な担い手だ。ヨナスじいさんは、相変わらずの仏頂面で、けれど、誇らしげに、自分の畑の野菜を並べている。ガレオは、得意の木工で作った道具を。みんな、それぞれの場所で、生き生きと、働いていた。
ハンナ婆さんは、市のいちばん見晴らしのいい場所に、椅子を出して、賑わいを、眺めていた。その顔は、おだやかで、満ち足りていた。
「ハンナさん、すごい賑わいですね」
僕が声をかけると、婆さんは、目を細めて、頷いた。
「あたしが、宮廷で見てきた市より、ずっと、いい市だよ。ここには、暮らしがある。人の、温もりがある。……あたしは、いい場所に、流れ着いたもんだ」
婆さんの言葉に、胸が、温かくなった。捨てられた者と、捨てた者。鏡像のように、辺境に流れ着いた二人。けれど今、この村で、二人の知識は、たくさんの人を、笑顔にしている。
寂れた辺境の村が、人の集う、医療の拠点へと、生まれ変わった。それは、誰かが、力で成し遂げたことではない。一つの薬、一つの手当て、一つの知識。その小さな積み重ねが、いつしか、大きな流れになり、村を、よみがえらせたのだ。
賑わう市の、笑い声に包まれながら、僕は、静かな満足を、噛みしめていた。けれど、僕の物語は、まだ、終わらない。この村には、これからも、たくさんの人が、訪れるだろう。学びに、癒されに、新しい暮らしを、求めて。




