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第51話「よみがえる村」


 初夏の風が、薬草園を撫でていく。


 病が去り、ギルドも去って、季節は春から初夏へと移ろっていた。


 朝、僕はいつものように畑に出る。一年前、たった一人で石を拾った荒れ地は、今、見渡すかぎりの緑の薬草で埋めつくされている。


 そして、村は――よみがえっていた。


 ◇


 かつて、寂れて半分が雑草に呑まれていた、ミルドの村。


 今は薬を求める人でにぎわっている。荷車の通る道を行商人が往き来し、隣村から、その先の集落から、人がやってくる。村には新しい家が建ち、市が立つようになった。


 一人の最弱が薬を作りはじめただけで。寂れた辺境の村が、こんなにも息を吹き返した。


 手間暇をかけた薬が、村を本当によみがえらせたのだ。


 ◇


 嬉しい変化が、もう一つあった。


 僕とハンナのもとへ、魔導薬草学を学びたいという若者が訪ねてくるようになったのだ。


 他の村の、医者見習い。薬草に興味を持った、農家の息子。みんな目を輝かせていた。


「先生。この草の、挽き方を、教えてください」

「魔法陣で、火加減を、保つ仕組みって、本当ですか?」


 僕は惜しまず、教えた。


 知識を独り占めにするのは、ギルドのやり方だ。僕はその真逆を行く。失われかけた魔導薬草学を、次の世代へ。一人でも多くの人の手に。


 ──そうすれば、僕がいなくなっても。この薬は村を、守りつづけてくれる。


 ◇


 薬草園の隣に、ささやかな調合工房を建てた。


 けれど、それはたいそうな発明品じゃない。これまで一つずつ作ってきた工夫を集めて並べただけだ。


 粉をより分ける、魔法陣の振動ふるい。火加減を保つ、自己調整の竈。畑に水を引く、水車。薬を運ぶ、幅広の荷車。冬を越す、温室。


 一つひとつは、ささやかな手間の工夫。けれど、それを組み合わせると。薬がずっと多く、ずっと安く作れるようになった。


 派手な魔法は、一つもない。あるのは地道な手仕事の積み重ねだけ。それでもこの工房は、辺境じゅうの病に立ち向かえる、立派な医療の拠点になっていた。


 ◇


 工房の前を、村のみんなが行き交う。


 ガレオが、もう引きずらない足で、薬を積んだ荷車を軽々と押していく。ヨナスが娘のマレナと、笑いながら野菜を届けにくる。トムはすっかり背が伸びて、若者たちに混じって薬草の世話を覚えはじめた。


「ロイさーん! 新しい弟子が、また来たよ!」


 ニナが明るく駆けてくる。土を作る、ということの意味も、今では誰よりもよく知っている。


 そして村の奥からは、ハンナが杖をつきながら、辛口の小言を言いにやってくる。けれど、その顔はいつも、どこか誇らしげだった。


 ◇


 夕暮れ。


 みんなが家へ帰ったあと。僕は一人、調合台に向かう。


 乳鉢に、乾いた薬草を入れる。すりこぎを転がすように動かす。ころ、ころ、と乾いた音。立ちのぼる、清涼な香り。


 この、手のひらに伝わる感触が。僕は何より好きだった。


 王都で最弱と笑われた僕が、今は、こんなにも満ち足りた夕暮れの中にいる。手間と知識でつくる薬が、僕の手のひらに、確かな手応えを返してくれる。それだけで、充分だった。


 ◇


 窓の外では、月見草が今夜も白い花をひらこうとしている。


 寂れていた村は、よみがえった。けれど、これで終わりではない。よみがえった村は、ここから、もっと大きく変わっていくだろう。もっと多くの人が訪れ、もっと多くの手に、薬草学が受け継がれていく。


 その新しい始まりを、僕は、静かな心持ちで、見つめていた。


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