第50話「王都の決着」
ヴァロが去ってからも、僕の暮らしは何も変わらなかった。
朝、畑に出て薬草の世話をする。昼は調合台に向かい、村の人の薬を作る。夜は月見草の花を眺める。
報復なんて、考えもしなかった。僕にはやるべきことが、目の前に山ほどあったからだ。
けれど、僕が淡々と薬を作っているあいだに。遠い王都では静かに、潮目が変わりはじめていた。
◇
ハンナが宮廷時代の伝手を通じて、王都のしかるべき筋へ文を送っていた。
ギルドが病に倒れた村々に、家一軒分の値で薬を売りつけたこと。安価な予防を怠ったこと。それが王国の医療規範に、いかに背いているか。古い記録とともに、理路整然と記された告発だった。
そして、それとは別に。
僕の辺境での話が、行商人や旅の者の口を通じて、王都へと広まっていった。
──最弱と笑われてギルドを追われた薬師が。安い薬ときれいな水で、ギルドにできなかった風土病の鎮圧を、やってのけた。
その噂は尾ひれをつけて、王都の隅々まで届いた。
◇
ギルドの旗色は、みるみる悪くなっていった。
王都の上層が、ギルドの薬商売を問題視しはじめた。法外な値での、独占。疫病を儲けの種にした、やり口。それが表沙汰になれば、ギルドの名に傷がつく。
ギルドは慌てて、辺境での薬の販売から手を引いた。そして騒ぎの責めを負わせるように、使者のヴァロを切り捨てた。
力ずくで僕を潰そうとした組織は。結局、自分たちの卑しいやり口によって、自分の足元から崩れていった。
僕は何も、していない。ただ目の前の人のために、薬を作りつづけただけだ。
◇
ある日、一通の手紙が、辺境の僕のもとへ届いた。
差出人は、エルマーだった。あの初級の火を見せびらかして、僕をせせら笑った同期だ。
手紙には、ぎこちない言葉が並んでいた。
──お前の薬草の話は、王都でも聞いている。なかなか、やるじゃないか。……その、なんだ。よかったら、また、ギルドに、戻ってくる気は、ないか。
手のひらを返したような、誘いだった。最弱と笑った口で。
僕はその手紙を、静かに机の隅に置いた。
怒りも、勝ち誇りも湧かなかった。ただ少しだけおかしくて、それからどうでもよくなった。
◇
窓の外では、ニナが村の子らと、畑で笑っている。ガレオが荷車に薬を積んでいる。ハンナが調合の手元を覗きにくる。
僕の居場所は、もうここにあった。
王都のきらびやかなギルドより。魔力の多寡で人を測る、あの場所より。土の匂いのするこの辺境の薬草園のほうが、僕にはずっと大切だった。
返事は、書かなかった。
◇
その夜、僕はいつものように、薬草を挽いた。
ころ、ころ、と乾いた音が響く。立ちのぼる、清涼な香り。竈の上では、明日村の誰かを救う薬が、ことこと煮えている。
誰にも邪魔されず、好きな薬草の研究をして暮らす。
たった一つの、その願いは、追放されたこの辺境で、誰に脅かされることもなく、続いていく。
──さあ。明日は、どんな薬を作ろうか。
病は退いた。ギルドも去った。
けれど、僕の薬草ぐらしは、これからも、ずっと続いていくのだ。




