第49話「権力の壁」
数日後。ヴァロは一枚の仰々しい書状を手に、村にやってきた。
今度は、薄笑いではなかった。勝ち誇った冷たい目をしていた。
「ロイ・ハーヴェン。お前の薬は、ギルドの認可を、受けていない。無資格の素人が、薬を売るのは、王国法に、触れる」
ヴァロは書状を、ひらりとかざした。
「販売は差し止めだ。これより村への立ち入り調査を行う。従わなければ、王都の名で取り締まる。……最弱が、しょせん、身のほど知らずなことを、するからだ」
村人たちがざわついた。王国法、と聞いて、不安に顔を見合わせる。権力という大きな壁が、目の前に立ちはだかった。
◇
僕には魔法はない。権力もない。
ヴァロを力でねじ伏せることは、できない。
けれど――。
「先生の薬を、取り上げるってのか!」
声をあげたのは、ガレオだった。
「ふざけるな。俺の足を治してくれたのは、先生だ。お前らの、高い薬じゃ、ねえ!」
続いて、トムの母が進み出た。腰の治ったヨナスが、隣村の木こりが、四層の薬で救われた年配の患者が、次々とロイの前に立った。
「うちの子の、虫刺されを、診てくれた」
「俺の腰を、楽にしてくれた」
「あんたらは、病の村に、家一軒分の薬を、売りつけただけだろう!」
村じゅうの人が、ヴァロを取り囲んでいた。
──ああ。
僕一人なら、権力の前に潰されていた。けれど僕は、一人じゃなかった。
◇
そこへ、杖をついてハンナが進み出た。
「お待ち」
静かな、けれどよく通る声だった。
「無資格の素人、だって? あんた、魔導薬草学を、なんだと思ってるんだい」
ハンナはヴァロを、まっすぐ見据えた。
「魔導薬草学はね、王国が古くから認めてきた、れっきとした医術だよ。魔法が幅をきかせる前は、宮廷でもちゃんと用いられていた。それを『無資格』だなんて、王国の歴史を知らないにも、ほどがある」
ヴァロの勝ち誇った顔が、こわばった。
「な……婆さん、何者だ」
「もとは宮廷薬師さ。あんたらギルドが、金にならんと切り捨てた学問のね」
ハンナは懐から、古い黄ばんだ記録を取り出した。
「それにね。王国の医療規範には、こう定められている。『疫病に際し、医に携わる者は、まず予防を講じ、民を救うべし』とね。……さて、ヴァロ、とやら」
ハンナの目が、刃のように光った。
「病に倒れた村に、家一軒分の薬を売りつけ、予防も怠ったギルドと。安い薬ときれいな水で、村を救ったこの子と。どっちが、王国の規範に背いている?」
◇
ヴァロは言葉に詰まった。
「この記録を王都の、しかるべき筋に見せたら、どうなるかね。法外な値での独占、予防の怠慢……ギルドの薬の商売そのものが、お咎めを受けることになるんじゃないかい」
ハンナには、宮廷時代の伝手があった。ギルドの不正を表沙汰にできる、筋が。
ヴァロの額に、脂汗がにじんだ。彼が振りかざした権力という壁は、正しさの前で、もろくも崩れはじめていた。
「く……っ、覚えていろ!」
ヴァロは書状を握りつぶし、馬車へと逃げ帰っていった。
◇
村人たちの、わっという歓声があがった。
けれど僕は、まだ気を緩めなかった。
ヴァロは引き下がった。けれど、ギルドという大きな組織が、これで終わったわけじゃない。王都でどう動くか。それは、これからだ。
それでも僕は、確信していた。
力でも、権威でもない。正しいことをコツコツと積み重ねること。人の役に、本当に立つこと。それが最後には、いちばん強いのだと。
「ハンナさん。ありがとうございます」
「ふん。あたしの古い知識も、まだまだ捨てたもんじゃないだろう」
ハンナはそっぽを向いて、けれど嬉しそうに笑った。
──次は、王都のギルドがどう出るか。本当の決着は、もうすぐだ。




