第45話「二度目の波」
隣村の熱は、四層の薬で、ようやく退いた。
膿を出し、熱を冷まし、毒を抜き、肉を再生させる。順に効くその薬で、倒れていた者たちが、一人また一人と起き上がっていった。予防の井戸さらえと煮沸も村ぐるみで広まり、新しく倒れる者も、ほとんどいなくなった。これでひと安心だ。誰もがそう思っていた。
だが、雪解けの水が川を濁らせる頃、新たな報せが届いた。
隣村よりさらに上流の、小さな集落。そこでも、同じ高熱と、赤黒い発疹が出はじめたという。
澱んだ水が病を運ぶことは、もうわかっていた。雪解けで濁った水場が、上流の集落でも病の元になったのだろう。理屈はわかる。薬の作り方も、わかっている。問題は、別のところにあった。
量だ。
四層の薬は、手間がかかる。膿出し草を煮出し、月見草で冷やす液を取り、毒出しの葉を薄めて加減し、癒し草を仕込む。一人分を仕上げるだけでも、半日がかりだ。それを、また一つの集落ぶん、何十人分も用意しなければならない。僕一人の手では、とても追いつかない。
「一人で全部やろうとするから、追いつかないんだよ」
ハンナ婆さんの言葉で、はっと気づかされた。そうだ。薬作りを、僕一人で抱える必要はない。
僕は、四層の薬を、工程ごとに切り分けた。膿出し草を煮る者、月見草の液を取る者、毒出しを加減する者、癒し草を仕込む者。村人たちに、それぞれの工程を教え、手分けして作ってもらう。一人が全部を覚えるのは難しくても、一つの工程だけなら、すぐに覚えられる。
火加減には、温度を自分で調える魔法陣を刻んだ鍋を、いくつも並べた。鍋の下の弱い熱の図形が、反る金属板で熱を加減してくれる。これなら、つきっきりで火を見張らなくても、煮詰めすぎる失敗が減る。何人もが、同じ品質の薬を、並んで作れるようになった。
調合小屋は、にわかに小さな工房のようになった。
膿出し草の青い匂い、月見草の冷たい香り、湯気の立つ鍋の列。村人たちが手を動かし、薬が次々と仕上がっていく。一人の手仕事が、村ぐるみの仕事になった。それは、これまでとは違う光景だった。
「あたしの代じゃ、こうはいかなかったよ」
ハンナ婆さんが、薬の列を眺めて、ぽつりと言った。
「宮廷の薬師は、知識を抱え込んだ。秘伝だ何だと、独り占めしてね。だからあたしの知ってることも、あたしと一緒に消えるはずだった。……あんたは、惜しげもなく分けるんだね」
「分けたほうが、たくさんの人を助けられますから」
婆さんは、それきり何も言わなかった。けれど、その横顔は、どこか満ち足りて見えた。
手分けして作った薬を荷車に積み、上流の集落へ運んだ。早く手を打てたぶん、隣村のときより、ずっと被害は軽く済んだ。倒れた者は癒え、まだ倒れていない者は、予防で守られた。二度目の波は、最初の波よりも、静かに引いていった。
薬が、村の壁を越えて、いくつもの集落の命を支えはじめている。ダレンの言っていたとおりだった。この辺り一帯に、安くて効く薬を待っている人が、確かにいたのだ。
だが、薬が広まれば広まるほど、面白く思わない者もいる。
集落からの帰り道、ニナが、街道で聞いた妙な噂を、不安げに口にした。
「ねえ、ロイさん。……変な話を聞いたの。『あの薬師の薬は、効くどころか、毒だ』って。そんなふうに言いふらしてる人たちが、いるみたいで」




