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第44話「重い夜」

 隣村の風土病は、なかなか、引かなかった。


 四層の薬で、多くの者が快方に向かう中、一人、どうしても熱の下がらない男がいた。ヨアヒムという、まだ若い男だった。幼い子を二人抱えた、若い父親だった。


 高熱が、幾日も続き、身体は痩せ細っていた。妻は、すでに病で亡くし、残された二人の子は、まだ、五つと、三つ。父親が倒れれば、この子たちは、独りぼっちになってしまう。


「先生……俺は、死ぬのか……? この子らを、残して……」


 うわ言のように、ヨアヒムが、繰り返す。その枕元で、二人の子が、不安げに、父の手を握っていた。


 僕は、その夜、ヨアヒムの傍を、離れなかった。


 四層の薬を、丁寧に、飲ませ続けた。膿を出し、熱を冷まし、毒を抜き、肉を再生させる。だが、ヨアヒムの場合、病が進みすぎていた。薬の効きが、病の勢いに、追いつくかどうか。ぎりぎりの、せめぎ合いだった。


 こういうとき、薬だけでは、足りない。僕は、ヨアヒムの汗を拭き、冷えた手足を、温めた。乾いた唇を、湿らせた。そして、絶えず、声をかけ続けた。


「大丈夫です。子供たちが、待っている。あなたは、ここで、終わる人じゃない」


 病と闘うのは、薬だけではない。本人の、生きようとする力。それが、何より大きい。心が折れれば、身体も、それに従ってしまう。だから、僕は、ヨアヒムの心を、繋ぎとめようとした。生きる理由を、思い出させようとした。


 長い、長い夜だった。


 二人の子は、父の枕元で、いつしか、眠り込んでいた。その寝顔を、ヨアヒムが、うつろな目で、見つめていた。やがて、その目から、一筋、涙がこぼれた。


「……まだ、死ねない。この子らを、一人前にするまでは」


 その言葉を聞いて、僕は、確信した。この人は、まだ、闘える、と。


 夜が、白みはじめた頃。ヨアヒムの額に、手を当てた。――熱が、引いている。あれほど、頑として下がらなかった熱が、ようやく、退きはじめていた。薬と、本人の生きる力が、ついに、病の勢いを、上回ったのだ。


「……峠を、越えました」


 僕が、そう告げると、ヨアヒムは、声を殺して、泣いた。眠っていた子供たちも、目を覚まし、父の胸に、すがりついた。三人が、身を寄せ合って、泣いていた。生きていてくれた。ただ、それだけのことが、これほど、ありがたい。


 僕も、込み上げるものを、こらえきれなかった。


 薬師の仕事は、薬を作ることだけではない。病に苦しむ人の傍に、寄り添うこと。生きる力を、信じ、支えること。それも、薬と同じくらい、大切な務めなのだ。一晩中、手を握り、声をかけ続けたことが、ヨアヒムの心を、繋ぎとめたのだとしたら――それもまた、立派な、薬だった。


 数日後、ヨアヒムは、子供たちに支えられながら、自分の足で、立ち上がった。痩せこけてはいたが、その目には、しっかりと、生きる光が、戻っていた。


 一つの命を、繋いだ。それは、四層の薬という知識と、夜通しの看病という手間と、そして、ヨアヒムの生きる力が、合わさって、初めて、成し得たことだった。僕は、改めて、思った。最弱の魔導士に、できることは、限られている。けれど、手間と、知識と、寄り添う心があれば――救える命が、ここにある。


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