第42話「四層目」
ハンナの覚え書きを頼りに、僕は四層目の調合に取りかかった。
体の奥に巣くった病の根――毒を、外へ出し切る層。
覚え書きには、いくつかの毒出しの薬草が記されていた。けれど、どれも扱いが難しい。強すぎれば、毒もろとも体まで痛めてしまう。弱すぎれば、毒はぴくりとも動かない。
まず、いちばん強い根の薬草を挽いてみた。
乳鉢のなかで、その根は鼻を突く鋭い匂いを放った。指の先にほんの少し、汁をつけてみる。
──熱い。
じんと、肌が焼けるように痛んだ。
「だめだ。これじゃ、病人の体がもたない」
横で見ていたハンナが、ふんとうなずいた。
「そうさ。毒を出す薬は、刃物とおんなじ。切れ味が鋭けりゃ、いいってもんじゃない」
◇
僕は、薬草を変えてみた。
今度はもう少しおだやかな葉を選び、それを薄めて煮出す。煮汁の色を見ながら、濃さを少しずつ調える。濃すぎず、薄すぎず。
指につけて、確かめる。
今度は、ぴりっと軽く痺れるくらい。肌は痛まない。けれど、舌の先にのせると、奥の毒をじわりと引き出すような、確かな手応えがあった。
──これだ。
この、おだやかな毒出しの層を、膿出しと冷ましの月見草のあいだに挟む。そして、いちばん上に肉を再生する癒し草を。
四つの層を、効きの順番をそろえる魔法陣でつなぐ。膿を出し、熱を冷まし、毒を排し、肉を蘇らせる。一枚の薬が四段、順に効いていく。
淡い光のなかで、四つの匂いが層をなして立ちのぼった。
まだ、これで治ると決まったわけじゃない。けれど、確かな目処が立った。
◇
薬を作る一方で、僕はニナや、ガレオや、村のみんなに頼んでいた。
「病を止めるには、薬だけじゃ足りない。汚れた水を、断つんです」
ガレオが若い衆を率いて、井戸をさらえた。底にたまった泥や落ち葉をすくい上げ、きれいにする。ニナは村じゅうの家を回って、水は必ず煮沸してから飲むよう、伝えてまわった。
「ぜんぶの水を、いったんぐらぐら沸かす。それから冷まして使うの。面倒でも、これで病がぐっと減るんだから!」
一人で薬を配って回るより、ずっと早かった。村のみんなが手分けして、病の広がる道をふさいでいく。
◇
そんな、ある日のことだった。
薬草園に、見慣れない派手なローブの男が訪ねてきた。
王都の、魔術ギルドの使者だった。ヴァロ、と名乗った。脂ぎった顔に、見下すような薄笑いを浮かべている。
「お前が、薬草売りのロイか。……ああ、思い出した。魔力ゼロの、最弱クンじゃないか」
ヴァロは、くっくっと笑った。
「いいか。よく聞け。病の薬は、ギルドが売る。お前みたいな草いじりの最弱が、しゃしゃり出てくるな。儲けの邪魔をするんじゃない」
邪魔をするな。病に苦しむ村が、いくらでもあるというのに。
僕は、その男をまっすぐ見返した。怒鳴りたい気持ちは、あった。けれど、それをぐっと飲みこんだ。
「僕は、ただ」
静かに、言った。
「安くて、よく効く薬を作るだけです。困っている人に届くように」
ヴァロの薄笑いが、すっと消えた。
「……せいぜい、草でも煎じてるんだな。本物の薬の前じゃ、どうせ無駄なあがきだ」
そう吐き捨てて、ヴァロは去っていった。
◇
僕は、調合台に向き直った。
力では、魔法では、あの男には勝てない。けれど、僕には僕のやり方がある。
──四層目を、完成させる。そして、村のみんなで、この病を止める。
派手な魔法も、法外な値もいらない。手間をかけた本物の薬が、いちばん遠くまで届く。それを証明してみせる。
次は、いよいよこの四層の薬を、病人に試すときだ。




