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第41話「ハンナの見立て」


 ミルドに戻った僕は、まっすぐハンナの家へ走った。


 蔦の絡まる、村いちばん奥の家。戸を叩くと、ハンナは僕の顔を見るなり、すべてを察したようだった。


「……来たね。北の熱が、隣村まで来たんだろう」


 ◇


 僕は隣村で見たことを、ひとつ残らずハンナに伝えた。


 高い熱。腕や首の、赤黒い腫れ。膿のような発疹。三層の薬で熱は引くが、薬が切れるとぶり返すこと。そして何より――人から人へ、次々に移っていくこと。


 ハンナは目を閉じて、じっと聞いていた。


 やがて、ゆっくりと口を開いた。


「……その病、あたしは知ってるよ」


「!」


「昔ね。宮廷薬師だった頃、王都でおんなじ熱病がはやったことがある」


 ハンナは、杖をことりと床に置いた。


「あれは貧民街から広がった。次々と人が倒れて、ばたばた死んでいった。宮廷の連中は、高い魔法薬で自分たちだけさっさと治してね。貧しい者は、放っておかれたよ」


 その声に、苦いものがにじむ。けれど、ハンナの目はもう過去を見てはいなかった。


「だから、あたしは貧民街で薬を配って回った。そのとき気づいたのさ。この病がどこから広がるのか、をね」


 ◇


「水だよ」


 ハンナは、はっきりと言った。


「澱んだ水さ。汚れた井戸、よどんだ水たまり。そういう悪い水をみんなが飲むと、病が人から人へ移っていく」


 ──水。


 僕の頭の中で、ばらばらだったものが一本につながった。


 隣村の井戸。患者たちが共同で使っていた、あの水場。確かに春先で、雪解け水が流れこんで濁っていた。


「水を、断てば」


「そう。汚れた水を、飲ませない。煮沸してから使う。井戸をさらえて、きれいにする。それだけで、新しく病にかかる者はぐっと減るんだ」


 病を薬で抑えるだけじゃ、足りなかったわけだ。湧き出る泉の口を塞がなければ、水はいつまでもあふれ続ける。


 ◇


「でも、それは予防です」


 僕は、言った。


「もう、かかってしまった人は? あの人たちの体の中で暴れている病は、どうやって根から断てば」


 ハンナが、にやりと笑った。辛口の、けれど頼もしい笑みだった。


「そこが、あんたの腕の見せどころさ」


 ハンナは棚の奥から、古い、黄ばんだ紙の束を取り出した。宮廷時代に書き留めたという、薬の覚え書きだった。


「あんたの三層の技は、熱と膿を抑えるところまではできてる。あと一段、いるんだ。体の中に巣くった病の根――いわば毒を、外へ出し切る層がね」


 毒を、出し切る。


 三層を、四層へ。膿を出し、熱を冷まし、毒を排し、肉を再生する。順番に効かせる。


 けれど、それはたやすくはなかった。毒を出す薬草は、強すぎると体を痛める。弱すぎると効かない。その、ぎりぎりの加減を見つけなければならない。


「……やってみます。いえ、やり遂げます」


 僕とハンナは顔を見合わせ、うなずいた。


 ハンナの目が、生き生きと輝いていた。


「あたしの古い知識が、こんな形で役に立つとはね。……長生きは、するもんだ」


 ◇


 その夜。調合の支度をしていると、ガレオが血相を変えて駆け込んできた。


「先生! ギルドが……王都のギルドが、来やがった!」


 僕の手が、止まる。


「隣村に馬車を乗りつけて、特効薬を売りはじめた。家一軒分の値でだ。それでも……みんな、藁にもすがる思いで、なけなしの金をはたいてる」


 病に倒れた村の、最後の蓄えまで吸い上げるつもりか。


 ──ふざけるな。


 静かな怒りが、腹の底でふつふつとたぎった。


 けれど、ここで感情に任せて魔法を撃つわけにはいかない。僕には、その力もない。


 僕にできるのは、ただ一つ。


 ギルドの薬より、ずっと安くて、ずっとよく効く本物の薬を。村の人の手に届く薬を。この手で作りあげることだ。


 ──次は、毒を出し切る四層目を、完成させる。


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