表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
40/54

第40話「隣村の熱」


 荷車にありったけの薬を積んで、僕は隣村へ走った。


 幅広の車輪が、春のぬかるみを力強く越えていく。軸の魔法陣が、坂でそっと後押しする。ガレオが手綱を引き、ニナも薬の包みを抱えてついてきた。


「先生、急ぐぞ!」


 ガレオの足は、もう誰よりも速い。


 ◇


 隣村は、ひどい有様だった。


 家々からうめき声がもれている。寝かされた患者たちは、みな高い熱に浮かされていた。額に手を当てると、燃えるように熱い。腕や首には赤黒い腫れがぽつぽつと浮き、膿のような発疹が広がっている。


 ──熱と膿が、体の中で暴れている。


 その症状を見た瞬間、僕の頭にハンナの言葉がよみがえった。


 「この三層の技は、もっとたちの悪い病にも効くはずだ。膿や熱が体の中で暴れるような、ね」


 まさに、これだ。


 ◇


 僕はその場で調合を始めた。


 持ってきた薬草を手早く挽く。膿を出す草、熱を冷ます月見草、肉と力を取り戻す癒し草。それを三層に重ね、あいだに効きの順番をそろえる魔法陣を挟む。


 ただ、今度は湿布ではなく飲み薬にした。腫れは、体の表面だけでなく奥でも起きている。内側から順に効かせなければ、届かない。


 煮出した薬を、まずいちばん熱の高い患者に飲ませた。


 すぐには変わらない。けれど、半日が過ぎる頃。患者の燃えるようだった額が、少しずつ熱を引いていった。荒かった息が、ゆっくりと落ち着いていく。


「……熱が、下がってる」


 付き添っていた家族が、涙ぐんだ。


 効いている。三層の技は、この病にたしかに届いていた。


 ◇


 けれど。


 喜んでいる暇は、なかった。


 患者は、一人や二人ではなかったのだ。村じゅうで何十人もが倒れている。持ってきた薬は、みるみる底をついた。


 僕は夜通し調合を続けた。薬草を挽き、煮出し、配って回る。手が止められない。それでも追いつかない。


 そして、何より——


 薬は熱や腫れを抑えはする。けれど、病そのものを根から断つことはできなかった。一度よくなった患者が、薬が切れるとまたぶり返す。


 ──この病の正体が、分からない。


 何が人から人へこれを移しているのか。水か、食べ物か、それとも別の何かか。原因が分からなければ、いくら薬で抑えてもいたちごっこだ。


 朝が来る頃、僕は悟っていた。


 これは、僕一人では。村の薬だけでは。とても抑えきれない、大きな病だ。


 ◇


 疲れ果てて村の井戸端に座りこんだとき、ニナが青い顔で駆け寄ってきた。


「ロイさん……変な噂を、聞いた」


「噂?」


「王都の魔術ギルドが……この病の特効薬を持ってるって。もうすぐ辺境に、売りに来るって」


 ──ギルド。


 その名を聞いて、背すじがひやりとした。僕を最弱と笑って追い出した、あの組織。


 儲かる魔法薬だけを高い値で売りつける。貧しい者には、手の届かない値で。ハンナの言葉が頭をよぎる。


「特効薬の、値は?」


 ニナが、ためらいながら言った。


「……家一軒、買えるくらいだって。とても、辺境の村人になんか払えない」


 病に倒れた村に、法外な値の薬を売りつける。足元を見たその商売のやり方に、僕はぞっとした。


 病だけでも手に余る。そのうえ、ギルドまで動き出している。


 ◇


 僕は、立ちあがった。


 疲れた体に、もう一度力を込める。


 抑えるだけの薬では、足りない。この病の正体を、突き止めなければ。根っこから断つ本物の薬を、作らなければ。


 そのためには——ハンナさんの知恵がいる。


「ガレオさん。ミルドへ戻ります。ハンナさんに、この病のことを訊かなきゃ」


 まだ、何も終わっていない。むしろ、本当の戦いは、ここから始まるのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ