第40話「隣村の熱」
荷車にありったけの薬を積んで、僕は隣村へ走った。
幅広の車輪が、春のぬかるみを力強く越えていく。軸の魔法陣が、坂でそっと後押しする。ガレオが手綱を引き、ニナも薬の包みを抱えてついてきた。
「先生、急ぐぞ!」
ガレオの足は、もう誰よりも速い。
◇
隣村は、ひどい有様だった。
家々からうめき声がもれている。寝かされた患者たちは、みな高い熱に浮かされていた。額に手を当てると、燃えるように熱い。腕や首には赤黒い腫れがぽつぽつと浮き、膿のような発疹が広がっている。
──熱と膿が、体の中で暴れている。
その症状を見た瞬間、僕の頭にハンナの言葉がよみがえった。
「この三層の技は、もっとたちの悪い病にも効くはずだ。膿や熱が体の中で暴れるような、ね」
まさに、これだ。
◇
僕はその場で調合を始めた。
持ってきた薬草を手早く挽く。膿を出す草、熱を冷ます月見草、肉と力を取り戻す癒し草。それを三層に重ね、あいだに効きの順番をそろえる魔法陣を挟む。
ただ、今度は湿布ではなく飲み薬にした。腫れは、体の表面だけでなく奥でも起きている。内側から順に効かせなければ、届かない。
煮出した薬を、まずいちばん熱の高い患者に飲ませた。
すぐには変わらない。けれど、半日が過ぎる頃。患者の燃えるようだった額が、少しずつ熱を引いていった。荒かった息が、ゆっくりと落ち着いていく。
「……熱が、下がってる」
付き添っていた家族が、涙ぐんだ。
効いている。三層の技は、この病にたしかに届いていた。
◇
けれど。
喜んでいる暇は、なかった。
患者は、一人や二人ではなかったのだ。村じゅうで何十人もが倒れている。持ってきた薬は、みるみる底をついた。
僕は夜通し調合を続けた。薬草を挽き、煮出し、配って回る。手が止められない。それでも追いつかない。
そして、何より——
薬は熱や腫れを抑えはする。けれど、病そのものを根から断つことはできなかった。一度よくなった患者が、薬が切れるとまたぶり返す。
──この病の正体が、分からない。
何が人から人へこれを移しているのか。水か、食べ物か、それとも別の何かか。原因が分からなければ、いくら薬で抑えてもいたちごっこだ。
朝が来る頃、僕は悟っていた。
これは、僕一人では。村の薬だけでは。とても抑えきれない、大きな病だ。
◇
疲れ果てて村の井戸端に座りこんだとき、ニナが青い顔で駆け寄ってきた。
「ロイさん……変な噂を、聞いた」
「噂?」
「王都の魔術ギルドが……この病の特効薬を持ってるって。もうすぐ辺境に、売りに来るって」
──ギルド。
その名を聞いて、背すじがひやりとした。僕を最弱と笑って追い出した、あの組織。
儲かる魔法薬だけを高い値で売りつける。貧しい者には、手の届かない値で。ハンナの言葉が頭をよぎる。
「特効薬の、値は?」
ニナが、ためらいながら言った。
「……家一軒、買えるくらいだって。とても、辺境の村人になんか払えない」
病に倒れた村に、法外な値の薬を売りつける。足元を見たその商売のやり方に、僕はぞっとした。
病だけでも手に余る。そのうえ、ギルドまで動き出している。
◇
僕は、立ちあがった。
疲れた体に、もう一度力を込める。
抑えるだけの薬では、足りない。この病の正体を、突き止めなければ。根っこから断つ本物の薬を、作らなければ。
そのためには——ハンナさんの知恵がいる。
「ガレオさん。ミルドへ戻ります。ハンナさんに、この病のことを訊かなきゃ」
まだ、何も終わっていない。むしろ、本当の戦いは、ここから始まるのだ。




