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第39話「隣村へ、知識を配る」

ある日、隣の村の村長が、わざわざ、馬に乗ってやってきた。


 僕の薬の評判を聞きつけ、頼みがあるという。


「不躾を承知で、お願いします。うちの村にも、薬の作り方を、教えてはもらえまいか。村に、薬師がいないのです。誰かが病に倒れるたび、遠い町まで、高い薬を買いに行くしかない」


 頭を下げる村長を見て、ダレンの言葉を、思い出した。安くて効く薬を、一番欲しがっているのは、手の届かない、貧しい村の人たちだ、と。


 僕は、迷わなかった。


「喜んで。何度でも、教えに伺います」


 知識を、独り占めする気は、毛頭なかった。ハンナ婆さんが、宮廷の薬師たちのやり方を、嘆いていたのを覚えている。秘伝だ、家伝だと、知識を抱え込み、腐らせる。その挙句、人々は、薬を買えずに死んでいく。そんな馬鹿げたことが、あっていいはずがない。


 僕は、何度か、隣の村へ通った。


 まず、その村の周りに、どんな薬草が自生しているかを、一緒に歩いて調べた。土地が違えば、生える草も違う。その村で採れるもので、薬が作れなければ、意味がない。幸い、隣村の周りにも、癒し草や、血止め草が、豊かに自生していた。


 次に、村の中から、薬作りを覚えたいという者を、何人か選んでもらった。手先の器用な若者や、面倒見のいいおかみさん。彼らに、薬草の見分け方、煎じ方、軟膏の練り方を、一から教えていく。


「焦らないこと。薬は、手間を惜しまなければ、ちゃんと応えてくれます」


 僕が、自分の村で、一歩ずつ学んできたことを、そのまま、伝えた。教えるというのは、面白いものだった。自分が、何となく、手が覚えているようなことを、言葉にして、人に伝える。そうすると、自分自身の理解も、より深まっていく。


 隣の村にも、少しずつ、薬が根づいていった。簡単な傷や、子供の熱なら、もう、その村の人たちだけで、手当てができるようになった。遠い町まで、高い薬を買いに行く必要も、なくなった。


「あんたは、自分の儲けを、考えないのかい」


 あるとき、隣村の村長が、不思議そうに、訊いてきた。薬の作り方を、ただで教えてしまえば、僕の薬は、売れなくなる。商売の理屈で言えば、損だ。


「儲けより、たくさんの人が、薬で助かるほうが、いいですから」


 僕は、正直に答えた。


「それに、薬の作り方が、あちこちの村に広まれば、辺境ぜんたいが、病に強くなる。一つの村だけが薬を持っていても、その村が倒れたら、おしまいだ。みんなが作れるようになれば、辺境ぜんたいで、支え合える」


 村長は、しばらく、僕の顔を見つめて、それから、深く頷いた。


「……あんたのような薬師が、もっと早く、この辺りにいてくれたらな」


 知識は、分けるほどに、根を張る。一つの村から、隣の村へ。隣の村から、また次の村へ。薬草学が、辺境の土地に、静かに、広がっていく。それは、僕一人では、決して成し得なかったことだ。学んだ者が、また誰かに教える。その連なりが、土地ぜんたいを、健やかにしていく。


 いつか、辺境のどの村にも、薬を作れる人がいる。そんな日が来れば、どんなにいいだろう。僕は、その日を、夢見ていた。


 だが、その夢が試されるときは、思いのほか早く訪れた。


 雪解けの泥道を、一頭の馬が、土をはね上げながら駆けてきた。鞍の上の若者は、顔を真っ青にして、村の入り口で転げ落ちるように馬を下りた。息を切らし、声を振り絞る。


「た、頼む……! 薬師さまはいるか……! 隣の村で、村じゅうの人間が、原因のわからねえ高い熱で、次々に倒れてるんだ……!」


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