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第38話「旅商人の道中薬」

 旅商人は、ダレンと名乗った。


 いくつもの村や町を巡って、布や金物、塩なんかを商って歩いているという。人懐こい笑みを浮かべ、よく喋る男だった。冬の街道で難儀していたところ、煙の上がるミルドの村を見つけて、ひと晩の宿を借りに寄ったのだそうだ。


 ダレンは、薬草庫の棚を眺めながら、しきりに感心していた。


「いや、たいしたもんだ。これだけ揃った薬屋は、下手な町にだってないぞ」


 話すうちに、ダレンが困りごとを抱えているのがわかった。行商は、何人かの仲間と隊を組んで旅をする。その仲間たちが、長い道中で、よく身体を壊すのだという。


「足は豆だらけ、腰は荷でやられる。水が変わりゃ腹を下すし、野宿が続けば、疲れがどっと出る。けど旅の空の下じゃ、薬屋も医者もありゃしない」


 なるほど、と思った。村での暮らしなら、不調があれば僕のところへ来ればいい。だが、絶えず動き続ける旅人には、それができない。薬のほうが、彼らについていく必要がある。


「持ち運べる薬を、考えてみましょう」


 ここで、これまでの工夫が活きた。


 いつもの煎じ薬や軟膏は、そのままでは旅に向かない。汁物はこぼれるし、傷む。柔らかい軟膏も、夏の暑さで溶けてしまう。旅の薬に必要なのは、効きを保ったまま、軽く、こぼれず、傷まないことだ。薬草庫で学んだ、水分と保存の理屈が、そっくり役に立った。


 まず、腹下しと疲れに効く薬草を、ごく濃く煮詰めた。水気を飛ばし、練り固めて、小さな丸薬にする。乾かしてしまえば、かびる心配もない。豆粒ほどの丸薬を、白湯に溶かして飲めばいい。かさばらず、何十回分も、小さな袋に収まる。


 次は、湿布だ。挽いた薬草を布に塗ったものは、すぐ乾いてしまう。そこで、薬草をよく乾かして粉にし、油紙の小袋に分けて包んだ。使うときに、水で湿らせて肌に当てればいい。乾いた粉のままなら、何月でも保つ。


 軟膏は、蜜蝋を多めにして固く練り、小さな貝殻に詰めて蓋をした。これなら溶け崩れず、指で掬って塗れる。


 一つひとつ、油紙で包み、何に効くかを記した木札を添える。腹に効くもの、傷に効くもの、疲れに効くもの。旅の空の下で、慌てず取り出せるように。


「こいつはありがてえ。これだけ持ってりゃ、道中ずいぶん心強い」


 ダレンは、丸薬の小袋を手のひらで転がして、しげしげと眺めた。


「あんた、ほんとに腕のいい薬師だな。……なあ、一つ言っていいかい」


 ダレンは、ふと真顔になった。


「あんたの薬、この村だけにしとくのは、もったいないよ。他の村でも、こういうのを欲しがってる連中は、いくらでもいる」


「他の村で、ですか」


「ああ。町の薬は、高くてな。まともな効く薬は、貴族や金持ちのものさ。ギルドが値を吊り上げてる。街道沿いの貧しい村じゃ、薬が買えずに死んでいく者も少なくない。あんたの薬みたいに、安くて、よく効くやつ。あれを一番欲しがってるのは、そういう、手の届かない連中なんだ」


 その言葉は、長く胸に残った。


 僕はただ、好きな薬草を研究して、目の前の村人を助けられれば、それでよかった。けれど、この村の壁の向こうにも、薬を待っている人がいる。考えてもみなかったことだった。


 ダレンは翌朝、礼を言って、薬を背負い、街道の先へ消えていった。


 冬が、ゆっくりと過ぎていった。


 村は穏やかだった。薬草庫には蓄えがあり、村人は健やかで、ハンナ婆さんの咳も、温め根の煎じで冬を越せた。追放されてこの村に来てから、ずいぶん遠くまで来たものだと思う。荒れ地だった畑は薬草で埋まり、僕を「最弱」と笑う者は、もうどこにもいない。


 誰にも邪魔されず、好きな薬草を研究して暮らす。望んだとおりの日々が、たしかにここにあった。


 けれど、ダレンの残した言葉は、僕の胸から離れなかった。この村の壁の向こうにも、薬を待っている人がいる。いつか、その人たちのもとへも、薬を届けられたら――そんな思いが、僕の中で、静かに芽生えはじめていた。


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