第4話「癒し草の植え付け」
朝露がまだ残るうちに、僕は畑に出た。
寝かせておいた畝は、ちょうど蒔きどきになっていた。一度起こした土を数日休ませると、空気と水がなじんで、種を迎える支度が整う。指を差し込むと、ひんやりと湿った土が、やわらかく沈んだ。
──いい状態だ。
鞄から、ハンナにもらった種の袋を取り出す。上等な癒し草の種だ。手のひらに数粒こぼすと、黒くて小さな、けしの実ほどの粒だった。
まず、なぜ癒し草から始めるのか。
理由は単純だ。丈夫で、育てやすく、何より一番、人の役に立つ。すり潰して傷に当てれば、膿むのを防ぐ。煎じれば、腹の不調にも効く。一株あれば、村の小さな怪我のほとんどに手が届く。最初の一歩には、これ以上ない草だった。
◇
種まきには、こつがある。
癒し草の種は、ごく浅く蒔く。深く埋めると、芽が地表に届く前に力尽きてしまうからだ。
僕は指の先で、土に浅い溝をすっと引いた。深さは、指の第一関節ぶんもない。そこへ、種を一粒ずつ、間を空けて落としていく。
ぱらり、ぱらり。
乾いた種が土に触れる、かすかな音。一粒ごとに、僕は心の中で場所を覚えた。詰めて蒔けば、芽が出たとき互いの根が奪い合う。離しすぎれば、土が無駄になる。指三本ぶんの間隔が、ちょうどいい。
蒔き終えると、溝の上から、ごく薄く土をかぶせる。手のひらで、押さえつけないように、そっと。種が呼吸できる薄さを、指の腹で確かめながら。
最後に、水をやる。
これも、勢いよくかけてはいけない。せっかく整えた土が掘り返され、種が流れてしまう。布を二重にした漏斗で受けて、霧のように細かくして、土の表面をしっとりと湿らせる。
水を含んだ土が、すうっと色を濃くしていった。
──これでいい。
あとは、芽が出るのを待つだけだ。僕にできるのは、ここまで。芽吹くかどうかは、種と土が決める。
けれど、不思議と不安はなかった。手をかけた畝は、ちゃんと応えてくれる。そういう確信が、指先に残っていた。
◇
「精が出るな、兄ちゃん」
低い声に振り向くと、大柄な男が一人、畑の縁に立っていた。
歳は、四十代の半ばだろうか。日に焼けた厚い肩。けれど、右足を少し引きずっている。立っているだけでも、つらそうだった。
「ガレオだ。村の外れに住んでる。あんたが例の、薬草の兄ちゃんか」
「ロイです。よろしくお願いします」
ガレオは、僕の蒔いたばかりの畝を見下ろした。
「ハンナの婆さんが、あんたを褒めてたぞ。あの偏屈が人を褒めるなんざ、何年ぶりか」
そう言って、彼は無造作に畝へ近づこうとした。その足が、ぐらりとよろけた。
「っ……」
とっさに、僕は腕を支えた。ずしりと重い。右の膝に、ほとんど体重がかかっていない。
「すまんな。古い傷でね。冒険者を引退してから、もう何年も、この調子だ」
ガレオは、ばつが悪そうに笑った。
「医者にも見せたが、もう治らんとさ。雨の降る前の晩なんざ、うずいて眠れやしねえ」
僕は、その膝を見た。腫れてはいない。長く庇い続けて、まわりの筋が固まっているのだ。古傷が引き起こす、慢性の痛みだ。
──これなら。
頭の中で、いくつかの薬草が浮かんだ。きのうハンナの家で挽いた、あの鎮痛の草。それに、血のめぐりを助ける根。温めて、患部に当てる湿布にすれば、こわばりはほぐせるかもしれない。
だが、口には出さなかった。まだ、何も持っていない。畝に蒔いた種は、芽すら出していないのだ。
「ガレオさん。少し、時間をもらえますか」
「あん?」
「すぐにとは言えません。でも、その足の痛み、和らげる方法に心当たりがあります。薬を、作らせてください」
ガレオは、きょとんとした顔をした。それから、声をあげて笑った。
「魔法も使わずに、この足を? ……まあ、いいさ。気長に待つよ」
半分は、信じていない笑いだった。
けれど、それでよかった。言葉で証明するものではない。薬ができたとき、この人の足が、答えを出してくれる。
◇
ガレオが去ったあと、僕はもう一度、畝の前にしゃがんだ。
まだ土の下で眠っている、癒し草の種。それから、ハンナの家で見た、天井いっぱいの乾いた薬草たち。
やることが、見えてきた。
まずは、湿布に使う薬草を集めること。自生しているものもあるはずだ。足りなければ、ハンナに分けてもらえばいい。それから、温めて成分を引き出す、煎じ方の工夫。
明日は、村のまわりを歩いて、薬草を探そう。
ガレオの足に、本物の答えを返すために。




