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第36話「卵をふたたび」

山羊の乳のことで世話になったおかみさんが、今度は、鶏のことで、相談にきた。


「うちの鶏が、ぱったり、卵を産まなくなっちまってね。餌は、ちゃんとやってるんだけど」


 卵は、村の暮らしに、欠かせない。貴重な栄養の源であり、病人や、子供の滋養にもなる。鶏が卵を産まなければ、その分、村の食卓が、寂しくなる。


 僕は、鶏小屋を、見に行った。


 鶏たちは、どれも、元気がなかった。羽の艶も悪く、隅のほうで、じっとうずくまっている。小屋の中は、薄暗く、じめじめとして、糞の臭いがこもっていた。これでは、鶏も、気が滅入るというものだ。


 卵を産まない原因は、一つではなかった。


 まず、餌が、足りていない。正しくは、餌の種類が、偏っている。卵を作るには、ただ腹を満たすだけでなく、身体を作る、いろいろな栄養が要る。次に、小屋の環境だ。暗く、湿って、汚れている。鶏も、生きものだ。日の光を浴び、清潔な場所で過ごさなければ、調子を崩す。


「薬を出す前に、暮らしを、整えましょう」


 僕は、まず、鶏小屋を、作り直すことを勧めた。


 ガレオに頼んで、小屋の壁の一部を開け、日の光と、風が、通るようにする。床には、乾いた藁を、たっぷりと敷き、こまめに、取り替える。じめじめした暗がりから、明るく、乾いた住まいへ。それだけで、鶏たちの様子は、目に見えて、変わっていった。


 餌にも、工夫をした。いつもの穀物に、滋養のある薬草を、細かく刻んで、混ぜ込む。身体を作る力を、補ってやるためだ。それから、貝殻を砕いた粉を、少し。固い殻の卵を作るには、それが要る。これも、ハンナ婆さんから、教わった知恵だった。


 幾日かして、おかみさんが、駆け込んできた。


「先生! 産んだよ! うちの鶏が、また、卵を産みはじめた!」


 その声は、弾んでいた。明るく、乾いた小屋で、滋養のある餌を食べた鶏たちは、すっかり、元気を取り戻していた。羽に艶が戻り、こっこっ、と機嫌よく鳴きながら、せっせと、卵を産むようになったという。


「薬っていうより、暮らしを変えただけなのに、こんなに違うもんかね」


「ええ。生きものは、住まいと、食べるものが、何より大事ですから。それが整えば、身体は、自分で元気になります」


 病を、薬で叩くだけが、手当てではない。そもそも、調子を崩さないように、暮らしそのものを、整えてやる。それが、根本の治療だ。鶏も、人も、変わらない。日の光を浴び、清潔に暮らし、よいものを食べる。それが、健やかさの、土台なのだ。


 卵が、ふたたび、村の食卓に、並ぶようになった。病人の滋養にも、子供のおやつにも。一つの小屋の、小さな工夫が、村の暮らしを、また少し、豊かにした。


 僕は、鶏小屋の工夫を、ほかの家にも、伝えて回った。明るく、乾いた小屋。滋養の餌。どれも、難しいことではない。けれど、その小さな心がけが、村の家畜を、健やかに保つ。暮らしの土台を、一つひとつ、固めていく。それも、薬師の、大切な仕事だった。


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