第34話「洗濯場の女たち」
川べりの洗濯場は、いつも、女たちの話し声で、賑やかだった。
けれど、その手元を見ると、どの手も、赤くかじかみ、荒れていた。冷たい川の水で、来る日も来る日も、洗濯をする。漁師のレフと、同じだ。水仕事は、女たちの手を、容赦なく痛めつけていた。
「先生のおかげで、レフの手が良くなったって聞いてね。あたしらの手も、どうにかならないかい」
マーサが、代表して、声をかけてきた。あの、眠れぬ夜を過ごしていた織り手だ。今はすっかり元気になって、村の女たちの、まとめ役のようになっている。
僕は、女たちの手を、順に見せてもらった。あかぎれ、ひび割れ、霜やけ。冷たい水と、洗濯に使う灰汁で、肌の脂が奪われ、荒れている。レフに作った、蜜蝋の膜の薬が、ここでも役に立ちそうだった。
「ただ、洗濯のときは、もう一工夫しましょう」
レフのように、漁の前に膜を塗るだけでは、洗濯では足りない。灰汁は、脂を溶かす力が強いからだ。そこで、僕は、二つのことを考えた。
一つは、手を守る膜の薬を、より念入りに。蜜蝋に、肌を潤す薬草の油を、たっぷり混ぜ込む。これを、洗濯の前に、厚く塗る。
もう一つは、洗濯のあとの手入れだ。冷えて荒れた手を、温かい薬湯に浸して、温める。血のめぐりが良くなり、奪われた潤いを、補ってやる。それから、寝る前に、もう一度、潤いの軟膏を。傷んだ肌は、眠っているあいだに、修復が進むからだ。
「夜のうちに、手が、治ろうとしてるんだよ。その手助けをしてやるんです」
女たちは、半信半疑で、薬を使いはじめた。けれど、幾日かすると、効果は、はっきりと現れた。
「あら、ほんとだ。手が、すべすべしてきた」
「あかぎれが、塞がってきたよ」
洗濯場に、明るい声が、戻ってきた。荒れた手が和らげば、水仕事も、つらくなくなる。女たちの手は、家族の衣を洗い、食事を作り、子をあやす、暮らしを支える手だ。その手が、少しでも楽になれば、村の暮らしぜんたいが、温かくなる。
マーサが、しみじみと言った。
「あたしらの手なんて、誰も気にかけちゃくれなかった。荒れて当たり前、痛くて当たり前だって。……でも、先生は、ちゃんと、見てくれるんだね」
その言葉に、胸を打たれた。当たり前のように働き、当たり前のように手を傷めてきた女たち。その手の痛みに、これまで、誰も目を向けてこなかった。薬師の仕事は、目立つ病を治すだけではない。暮らしの陰で、黙って痛みに耐えている人を、見つけ出すことでもあるのだ。
僕は、手肌を守る薬の作り方を、女たちに教えた。これも、自分たちで作れる。蜜蝋と、薬草の油。村にあるもので、自分の手を、自分で守れる。
誰かの暮らしを、ほんの少し、楽にする。その積み重ねが、村を、健やかにしていく。洗濯場の、女たちの笑い声を聞きながら、僕は、そんなことを思った。次は、その子供たちに、薬草のことを、教えてやろうと思う。




