第31話「歯の痛む夜」
歯の痛みは、人を、これほどまでに弱らせるものか。
そう思い知らされたのは、村の若い衆、トビーが、頬を腫らして、転がり込んできたときだった。
「いてて……先生、たすけて……夜も、眠れねえんだ……」
トビーは、片頬を大きく腫らし、脂汗を浮かべていた。奥歯が、ずきずきと、脈打つように痛むのだという。覗いてみると、奥の歯茎が、真っ赤に腫れ上がり、膿を持っているようだった。歯の根に、ばい菌が入り、炎症を起こしている。
歯の痛みは、厄介だ。我慢のしようがない。四六時中、ずきずきと脳天まで響き、夜も眠れず、ものも食べられない。人を、芯から消耗させる。
「まず、痛みと、腫れを抑えましょう」
僕は、痛みを和らげる薬草と、炎症を鎮める薬草を、選んだ。これを濃く煎じ、冷ましたもので、口をゆすいでもらう。腫れた歯茎に、薬がじかに触れ、熱と痛みを、少しずつ引かせていく。
それから、痛む歯に、丁字に似た、しびれを起こす薬草を、ほんの少し、噛ませた。この草には、触れたところの感覚を、鈍らせる力がある。使いすぎれば毒になるから、ごくわずか。けれど、これで、刺すような痛みが、いくらか、和らぐ。
「……ああ、楽になった。さっきまで、頭が割れそうだったのが」
トビーが、ほうっと、息をついた。だが、これは、あくまで応急の手当てだ。痛みの元――歯茎に溜まった膿を、出してやらなければ、本当の解決にはならない。
僕は、腫れた歯茎を、清潔にした細い道具で、そっと切開した。溜まっていた膿が、どろりと流れ出る。これで、内側からの圧が抜け、痛みは、ぐっと軽くなる。膿を出し切り、傷口を、炎症止めの薬で清めた。あの三層の薬の、膿を出す考え方と、同じだ。悪いものは、まず、出す。
数日して、トビーの頬の腫れは、すっかり引いた。夜も、ぐっすり眠れるようになったという。
「もう、痛くねえ。飯も、うまく食える。先生、命の恩人だ」
「大げさですよ。でも、トビーさん。これからは、歯を、大事にしてください」
僕は、トビーに、歯を清める習慣を教えた。食べたあと、房楊枝のように先をほぐした小枝で、歯の汚れを落とす。それから、清めの効く薬草を煎じた水で、口をゆすぐ。歯の病も、結局は、予防が一番なのだ。汚れを溜めなければ、ばい菌も、巣くいにくい。
歯は、一度失えば、二度と生えてこない。だからこそ、日々の手入れが、ものを言う。僕は、歯を清める薬草水の作り方を、村の人たちに広めることにした。とくに、子供たちに。小さいうちから、歯を大事にする習慣をつけておけば、年を取っても、自分の歯で、ものが食べられる。
痛みを取るのは、薬師の務めだ。けれど、その痛みが、そもそも起きないようにすること。それが、もっと大事な務めだった。目の前の一人を救いながら、その先の、まだ痛んでいない多くの人の歯を、守る。薬草学は、いつも、その両方を、見据えている。明日は、子供たちを集めて、歯の手入れを教える日にしよう。




