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第27話「新しい薬草」

 その日、僕は、ただ夢中になっていた。


 誰かに頼まれたわけではない。村の誰かが、病んでいるわけでもない。ただ純粋に、自分の好奇心のために、僕は一日じゅう、畑の隅にしゃがみ込んでいた。


 きっかけは、山で見つけた、一株の見慣れない草だった。


 薬草を探して山を歩いていたとき、岩陰に、これまで図鑑でも見たことのない草が、ひっそりと生えていた。細い茎に、銀色がかった、産毛のような細かい毛をまとった葉。それを指で揉むと、爽やかな中に、わずかな苦みを含んだ、不思議な香りが立った。


 胸が、高鳴った。


 知らない薬草。まだ誰も、その効能を知らない草。これこそ、僕が、追放されてまで、この辺境で求めていたものだった。誰にも邪魔されず、好きなだけ、薬草の研究ができる暮らし。その喜びの、ど真ん中にあるものだった。


 僕は、その株を、そっと畑に移し植えた。枯らさないよう、山の岩陰に近い、半日陰の、水はけのいい土を選ぶ。山でどんな場所に生えていたかを思い出し、できるだけ、同じ環境を作ってやる。薬草は、生きものだ。その草が好む場所を整えてやらなければ、根づかない。


 それから、毎日、観察した。


 いつ芽吹くのか。どんな花を咲かせるのか。葉の苦みは、何に効くのか。少しだけ葉を煎じて、自分の舌で、慎重に味わってみる。ぴりりとした苦みのあとに、すっと、頭が冴えるような感覚があった。眠気を払い、頭をはっきりさせる――そんな効能が、あるのかもしれない。


 もちろん、人に使うのは、まだ先の話だ。新しい薬草は、慎重の上にも慎重に、確かめなければならない。効くということは、裏を返せば、使い方を誤れば害になるということだ。少量を、自分でだけ試し、何日もかけて、身体に変わったことがないかを見る。焦りは、禁物だった。


「あんた、また、わけのわからん草とにらめっこしてるね」


 ハンナ婆さんが、杖をつきながら、畑を覗きにきた。けれど、その声は、咎めるものではなかった。むしろ、面白がっているようだった。


「ハンナさん。これ、図鑑にない草なんです。頭を冴えさせる効能が、あるかもしれない」


「ほう」


 婆さんは、銀色の葉を、しげしげと眺めた。


「宮廷の薬師どもが見たら、目の色を変えるだろうね。新しい薬草ってのは、薬師にとっちゃ、宝の山さ。……あんたの、その目だよ」


「え?」


「新しい草を見つけたときの、あんたのその、子供みたいな目。あたしも昔は、そんな目をしてた。いつのまにか、忘れちまってたけどね」


 ハンナ婆さんは、懐かしそうに目を細めた。


 僕は、少し照れた。けれど、その言葉は、嬉しかった。薬を作って人を助けるのは、もちろん尊い。だが、その根っこには、いつも、この「知りたい」という、純粋な気持ちがある。新しい草に出会い、その秘密を解き明かしていく。その喜びこそが、僕を、薬師たらしめているのだ。


 追放された日、僕は、絶望しなかった。むしろ、心が躍った。これで、好きなだけ薬草の研究ができる、と。あの日の気持ちは、今も、少しも色褪せていない。畑の隅で、銀色の葉と向き合う時間は、僕にとって、何よりの宝物だった。


 この草が、いつか、誰かの役に立つ薬になるかもしれない。あるいは、ならないかもしれない。それでも、いい。知りたいから、調べる。ただ、それだけのことが、こんなにも、心を満たしてくれる。僕は、観察したことを、一枚の紙に、細かく書きつけた。新しい薬草の、最初の記録だ。明日も、明後日も、この草の変化を、見守っていこう。


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