第23話「年寄りの目」
村の最年長、ヤニおじいは、近頃めっきり目が悪くなったと、孫に手を引かれてやってきた。
齢は八十を超えている。長く村の畑を見守ってきた、物知りの老人だ。その目が、ここ一年ほどで、白くかすんできたという。
「朝起きると、目やにで瞼がくっついて開かねえ。日中も、霧の中にいるみてえに、ぼんやりとしか見えん。孫の顔も、近頃はよう見えんのだ」
ヤニおじいは、力なく笑った。けれど、その声には、隠しきれない寂しさがにじんでいた。長く生きた人にとって、見慣れた村の風景や、家族の顔が見えなくなるのは、どれほど心細いことだろう。
僕は、おじいの目を、明るいところでよく診た。瞳の縁が赤くただれ、目やにがこびりついている。これは、目のまわりの炎症だ。年を取ると、涙の出が悪くなり、目が乾く。乾いた目は傷つきやすく、ほこりや汚れで、すぐに炎症を起こす。
瞳そのものの白い濁りは、年月が作ったものだ。これを薬で澄ますことは、正直、難しい。けれど、まわりの炎症を抑え、目やにを取り、乾きを和らげてやれば、今よりずっと、見え方は楽になるはずだった。
「治せないところもあります。でも、楽にできるところは、たくさんあります」
僕は、正直に言った。できないことを、できると偽るのは、薬師のすることではない。けれど、できることを諦めるのも、また違う。
まず、目を洗う薬を作った。炎症を鎮める薬草を、ごくごく薄く煎じる。目は、身体のどこよりも繊細だ。少しでも濃ければ、かえって沁みて、傷めてしまう。何度も濃さを確かめ、清水で薄めに薄めた、優しい洗い薬を作った。これで、こびりついた目やにを、ふやかして、そっと拭き取る。
次に、乾いた目を潤す薬だ。とろみのある、粘りけを持った薬草の汁を、ほんの一滴。これが、涙の代わりに、目の表面を覆い、乾きから守ってくれる。
「沁みませんか」
「……いや。すうっと、楽になる。久しぶりに、目が喜んどるようだ」
ヤニおじいは、洗い薬で目元を拭ってもらい、ほうっと息をついた。こびりついていた目やにが取れ、赤みが少し引いただけで、視界はずいぶん晴れたという。
「孫の顔が……ああ、見える。よう見えるわ」
おじいは、傍らの孫の頬に、しわだらけの手を伸ばした。その目に、うっすらと涙が浮かんでいた。乾いていたはずの目から、ちゃんと、涙が出ていた。
僕は、毎日の目の洗い方と、潤す薬の差し方を、孫娘に丁寧に教えた。これは、続けることに意味がある。朝、瞼がくっつく前に洗い、乾いたら潤す。地道だが、それでおじいの目は、ずっと楽になる。
「魔法で、ぱっと見えるようにはできません。でも、毎日少しずつ手をかければ、見える時間は、ずっと長くなります」
「上等じゃ。この年で、孫の顔がまた見えるんなら、それで充分すぎる」
ヤニおじいは、満足そうに頷いた。帰り際、孫の手を借りながらも、来たときよりは、しっかりとした足取りだった。見えるということは、それだけで、人の足元を確かにする。
年を取れば、誰の身体も、少しずつ衰えていく。それは、薬で止められるものではない。けれど、衰えていく身体と、少しでも穏やかに付き合えるよう手助けすることは、できる。治すことだけが、薬師の仕事ではない。寄り添い、楽にし、その人の暮らしの質を保つこと。それもまた、大切な仕事なのだと、ヤニおじいの涙が教えてくれた。
老いに効く薬。これも、魔導薬草学の、大事な一分野だったはずだ。村の年寄りたちが、最後まで穏やかに過ごせるように。僕は、目だけでなく、老いた身体をいたわる薬を、もっと学んでおこうと思った。




