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第22話「鍛冶屋の咳」

村の鍛冶屋、ドルグが、ひどい咳をしていた。


 大柄で、岩のような身体つきの男だ。その男が、炉のそばで、苦しそうに咳き込んでいる。鍛冶屋は、村の鋤や鎌、蹄鉄を打つ、なくてはならない仕事だ。だが、その仕事は、ドルグの喉と胸を、少しずつ蝕んでいた。


「炉の煙と、鉄を打つときの細けえ粉さ。何十年も吸ってりゃ、喉もやられる」


 ドルグは、ぜいぜいと喉を鳴らしながら、ぶっきらぼうに言った。咳のせいで、夜もよく眠れず、近頃は槌を振るう力も落ちてきたという。


 僕は、ドルグの胸に耳を当てた。息を吸うたび、奥のほうで、ひゅうひゅうと笛のような音がする。長年吸い込んだ煙と粉塵が、喉と気の道を狭め、荒らしているのだ。


 これは、一度きりの薬で治るものではない。原因が、毎日の仕事そのものにあるからだ。だから、二つのことを考えた。荒れた喉を癒すことと、これ以上、煙と粉を吸い込まないようにすること。両方をやらなければ、意味がない。


「まずは、喉を楽にしましょう」


 僕が選んだのは、喉の炎症を鎮める薬草と、痰を切る薬草だった。これを煎じて飲むのもいいが、ドルグの場合は、もっと直に効かせたい。


 僕は、鍋に湯を沸かし、そこに薬草を入れた。立ちのぼる湯気に、薬草の成分が溶け込む。その湯気を、布をかぶって、ゆっくりと吸い込んでもらう。蒸気と一緒に、薬の力が、荒れた喉と気の道に、じかに届く。煎じ薬を飲むよりも、傷んだ場所に、まっすぐ作用する。


「おお……奥のほうが、すうっとする」


 ドルグが、湯気を吸いながら、驚いたように目を見開いた。狭まっていた気の道が、わずかにゆるみ、息がしやすくなったのだ。何度か繰り返すうちに、ひゅうひゅういう音も、少し収まってきた。


「だが、これだけじゃ、また明日には元通りだ」


「ええ。ですから、煙と粉を、吸わないようにする工夫を」


 ここで、ガレオの知恵を借りた。


 炉の上に、煙を外へ逃がす覆いをつける。煙突の原理だ。煙が顔のほうへ流れてこないよう、上へ吸い上げて、外へ出す。ガレオと一緒に、ドルグの鍛冶場の天井に、傾けた板で煙の通り道をこしらえた。


 それから、鉄を打つときの細かな粉。これは、口と鼻を覆う、湿らせた布で防ぐことにした。乾いた布では、細かな粉は通り抜けてしまう。だが、水で湿らせた布なら、粉を吸い取って、喉まで届かせない。簡単なことだが、効く。


「こんな布きれ一枚で、ずいぶん違うもんだな」


 ドルグは、半信半疑で布を口に当て、鉄を打ちはじめた。しばらくして、布を外すと、その内側は、細かな鉄の粉で、うっすらと黒くなっていた。これだけの粉を、これまで毎日、喉で受け止めていたのだ。


「……こいつは、たまげた。全部、俺の喉に入ってたってのか」


 ドルグの顔が、青くなった。それから、神妙に頷いた。


 それからのドルグは、湯気の手当てを朝晩続け、仕事のときは湿らせた布を欠かさなくなった。ひと月もすると、夜中の咳が、ずいぶん減ったという。槌を振るう音も、また力強さを取り戻していた。


「先生のおかげで、まだまだ槌が振れる。村の鋤も鎌も、俺が打たなきゃ始まらねえからな」


 ドルグは、そう言って、初めて、にやりと笑った。岩のような顔が、少しだけ、やわらいで見えた。


 薬で、荒れたものを癒す。工夫で、荒れる元を断つ。その両方がそろって、はじめて、人は仕事を続けられる。目の前の症状だけを追っていては、いたちごっこだ。なぜそうなるのか、その元まで辿って、断つ。それが、長く効く手当てだった。


 村には、いろいろな仕事がある。畑を耕す者、糸を織る者、鉄を打つ者。それぞれの仕事に、それぞれの身体の傷みがある。一人ひとりの暮らしを知らなければ、本当に効く薬は出せない。僕は、もっと村の人たちの仕事を、知りたくなった。次は、畑仕事で腰や膝を痛めた人たちのための、何かを考えてみよう。


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