第20話「冬支度の棚」
乾いた薬草を一枚、指でつまんで折ってみた。
ぱきりと小気味よく折れるはずの癒し草が、湿気を吸って、しなりと曲がる。鼻を近づけても、夏に乾かしたときのあの青い香りが薄い。これでは、薬にしたときの効きも落ちてしまう。
原因はわかっていた。湿気だ。
薬草は、乾かして終わりではない。乾かしたあと、どう保つかで効きが大きく変わる。空気中の湿り気を吸い戻せば、せっかく抜いた水分がまた戻り、かびや、香りの劣化を招く。村人の頼みごとが増え、蓄える量も種類も増えてきた今、この問題は放っておけなかった。
「棚から、作り直しだな」
まずはガレオに、頑丈な乾燥棚を組んでもらった。風通しを考え、棚板のあいだを広くとり、横板には細い隙間を空けてもらう。空気が通り抜けるための工夫だ。
だが、それだけでは足りない。ミルドの冬は、雪こそ少ないが、底冷えのする湿った空気が淀む。自然の風任せでは、湿気は抜けきらない。
ここで、僕の出番だった。
棚の背板に、小さな魔法陣を刻む。狙うのは、空気の流れを生む図形だ。魔法陣は、僕の乏しい魔力で動かすものではない。世界そのものに流れている魔力を、図形が器のように呼び込み、ほんのわずかな力を引き出す。空気をかすかに動かし、淀みを散らす。それだけでいい。
最初に彫った陣は、失敗だった。
線を太く、力強く引きすぎた。動かしてみると、棚のなかに強い風が起こり、薬草がカラカラに乾きすぎてしまった。手に取ると、触れただけで崩れる。香りも、勢いよく飛んでいってしまっていた。
「……強すぎたか」
薬草の保存は、乾けばいいというものではない。乾きすぎれば、葉に閉じ込めた香りの成分まで、空気に逃げていく。子供に薬を薄め、羊には濃く練ったのと同じだ。何ごとも、ちょうどいい加減がある。
僕は陣を彫り直した。線を細く、浅く。左右の対称を、より丁寧に整える。魔法陣は、わずかでも左右が歪めば力が偏り、思わぬ方へ流れてしまう。今度はそよ風にもならない、肌で感じるか感じないかの、ごく緩やかな空気の動き。淀みだけを、そっと押し流す程度に。
彫り直した棚に、薬草を並べて数日。折ってみると、ぱきりと音を立てて割れた。香りも、しっかり残っている。湿気は抜け、けれど乾きすぎてもいない。狙いどおりの、ほどよい乾いた空気が、棚のなかに保たれていた。
次は、保存の容れ物だ。
よく効きを保ちたい薬草は、素焼きの壺に移し、口を蜜蝋で密に閉じた。空気に触れさせないためだ。それぞれの壺には、中身と、仕舞った季節を書いた木札を結びつけた。癒し草、血止め草、温め根、月見草の種。種類ごとに棚の段を分け、よく使うものは手の届く高さに、長く寝かせるものは奥の段へ。
棚が、少しずつ整っていく。
ずらりと並んだ壺と、木札の文字。手を伸ばせば、目当ての薬草がすぐに取り出せる。乱雑に積まれていた頃とは、まるで違う。必要なものが、必要なだけ、あるべき場所にある。それは、薬を作る者にとって、何よりの安心だった。
冷え込みが厳しくなってきた頃、ザックが約束どおり、刈った羊毛を届けてくれた。ふかふかとした、上等な毛だ。
「これ、薬草を乾かすのに使うって言ってたな。役に立つかい」
「ええ。これがちょうど要りようでした」
僕は羊毛を、保存壺と壺のあいだ、棚の隙間に詰めていった。羊毛は、空気をたっぷり含む。その層が、外の底冷えを和らげ、棚のなかの温度を一定に保ってくれる。急な冷えや、昼と夜の温度差は、薬草には大敵だ。羊の毛が、その壁になってくれる。
獣の病を治した礼が、巡り巡って、薬草の備えを支える。村のなかで、いろいろなものが手から手へ渡り、繋がっていく。そのことが、嬉しかった。
こうして、僕の小さな調合小屋には、冬を越すための薬草庫ができあがった。これだけ蓄えがあれば、雪に閉ざされる季節も、村の誰かが倒れたとき、すぐに薬を用意できる。一年を通して、村の健やかさを支える備えだ。
棚を見上げて、僕は、ひとつ息をついた。長い手間をかけた甲斐があった。
明日からは、この蓄えを使って、村のみんなの暮らしを、また守っていける。雪の季節も、もう怖くはなかった。




