第15話「ハンナ直伝」
その患者はガレオが背負って連れてきた。
隣村の木こりだった。斧で切った足の傷が何日も治らず、化膿して、今は高い熱まで出している。傷口は赤黒く腫れ、触れると熱を持っていた。
僕はいつもの癒し草の軟膏を試した。けれど効かない。膿が奥で広がってしまっている。煎じ薬で熱を抑えようとしても、傷そのものが治らなければ、またぶり返す。
一つの薬では手に負えなかった。
「ハンナさん。お願いします。力を貸してください」
僕は頭を下げた。
◇
ハンナは傷をひと目見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「これはね、いっぺんに治そうとしちゃ、駄目なんだ」
杖をつきながら、ハンナが調合台の前に立った。
「この傷には、三つの敵がいる。奥にたまった膿。腫れあがった熱。それから、傷んだ肉。こいつらを、一度に叩こうとすると、薬同士が、喧嘩しちまう」
──薬が、喧嘩する。
「だからね、順番に効かせるのさ。まず膿を出して、次に熱を冷まし、最後に肉を再生させる。一枚の薬で、三段、効かせる。これが、王都で誰も見向きもしなかった、魔導薬草学の真髄だよ」
僕は息を呑んだ。それは僕が書庫の文献で読み、ずっと再現できずにいた技法だった。
◇
ハンナの手ほどきで、薬を作りはじめた。
まず、膿を吸い出す薬草をいちばん下の層に。これは強く挽いて、効きを早くする。その上に、熱を冷ます月見草を薄く重ねる。いちばん上には、肉の再生を助ける癒し草の濃い煮詰めを。
三つの薬草の、層になった湿布。けれど、ただ重ねただけでは効きがばらばらに出てしまう。
「ここで、魔法陣だよ」
ハンナが僕の手元を指さした。
三つの層のあいだに、薄い魔法陣を挟むように描く。下の薬が効ききってから、次の層がゆっくり効きはじめる。魔法陣が効きの「順番」をそろえてくれるのだ。
一度目は上の層が先に溶け出してしまった。
「魔法陣の対称が、甘いね。下の層を、もうひと呼吸、長く抑えな」
ハンナの言葉に、僕は図形を引き直した。線を寸分たがわず揃える。
二度目。今度は三つの層が、淡い光のなかで、順番に、しずかに馴染んでいった。膿を出す土臭い匂い、月見草の甘い匂い、癒し草の青い匂いが、層をなして立ちのぼる。
「……できました」
◇
三層の湿布を木こりの足に当てた。
すぐには変わらない。けれど翌日、傷口からどろりと膿が出はじめた。その次の日には、腫れが引き、熱が下がった。そして数日後。赤黒かった傷口に、うっすらと、新しい肉が盛りあがってきた。
「先生……歩ける。足が、痛くねえ」
木こりが涙ぐんで、足を踏みしめた。
ハンナはその様子を戸口から、じっと見ていた。
「……あたしの知識も、ようやく、生きる場所を見つけたよ」
その声は、いつもの辛口とは違って、しみじみとやわらかかった。長いあいだ誰にも使われず、眠っていた知識。それが今、一人の木こりの足を救った。
◇
木こりが帰ったあと、ハンナがぽつりと言った。
「この三層の技は、もっと、たちの悪い病にも、効くはずだ。膿や熱が、体の中で暴れるような、ね」
僕はふと、思い出した。
「……北の村で、原因不明の熱が流行ってる、と聞きました」
ハンナの目がすっと細くなった。
「妙な熱、ねえ。……まあ、ここまでは、来ないだろうけどさ」
そう言いながらも、その横顔にはかすかな影がさしていた。
◇
けれど、その日はそれ以上、不穏なことは起きなかった。
僕は教わった三層の技を、手帳にていねいに書きとめた。失われていた知識が、また一つ、僕の手によみがえった。
ハンナさんから、まだまだ学ぶことがある。
──次は、もっと多くの薬を、この三層の技で作れるようにしよう。




