第13話「隣村への道」
温室ができてから、ミルドには薬を求める人がぽつぽつと増えていた。
隣村から。その向こうの集落から。みんな「不思議な薬師がいる」という噂を聞いて、雪道を越えてやってくる。
僕の薬が、村の外の人を助けはじめている。それは心から嬉しいことだった。
けれど、一つ困ったことがあった。
道だ。
◇
ミルドと隣村をつなぐのは、細く険しい山道だった。
急な坂。日中の雪解け水でぬかるんだ斜面。人が一人、薬の包みを背負って歩くのがやっとだ。たくさんの薬を一度に届けるなんて、とてもできない。
一度、ガレオと二人で背負って運んでみた。
急な坂で足が滑る。重い荷が肩に食い込む。半日かけて、ようやく隣村に着いた頃には、二人ともへとへとだった。
「これじゃあ、薬を作る前に、運ぶので一日終わっちまうな」
ガレオが汗をぬぐって苦笑いした。
──荷車がいる。それも、この険しい道でも使えるものが。
◇
まず、車輪だ。
ふつうの細い車輪では、ぬかるみにずぶずぶと沈んでしまう。だから幅の広い車輪を作った。接する面が広ければ、重さが散らばって、やわらかい土でも沈みにくい。雪の上を歩くかんじきと同じ理屈だ。
ガレオが、その幅広の車輪を丁寧に削り出してくれた。木を曲げ、輪をつなぎ、なめらかに回るよう軸を整えていく。
そして、坂だ。
重い荷車を急な坂で押し上げるのは、骨が折れる。そこで車輪の軸に魔法陣を仕込むことにした。転がる向きへ、ほんの少しだけ力を添える図形だ。
もちろん、魔力ゼロの僕に、坂を駆け上がるような力は出せない。引き出せるのはごくわずか。人が押す力に、そっと手を貸す程度。それでも重い荷物では、その「少し」が大きく効く。
◇
さっそく荷車に薬を積んで、試してみた。
ところが押し出した途端、荷車がぐいっと右へ逸れた。
「おっと!」
ガレオが慌てて支える。
左右の車輪で、添える力が揃っていなかったのだ。片方が強く、片方が弱い。だから強いほうへ、勝手に曲がっていく。
やはり、ここでも対称が肝心だった。
僕は両輪の魔法陣を、寸分たがわず同じ形に引き直した。それから、積み荷の重さがまんなかに来るように、載せ方も整える。重心が偏れば、車体も傾くからだ。
二度目。
荷車はまっすぐ、すうっと進みはじめた。急な坂にさしかかっても、軸の魔法陣が淡い光を瞬かせながら、転がりをそっと後押しする。
ガレオが片手で軽く押しながら、目を丸くした。
「おいおい。さっきまで二人がかりだったのが、指一本だぞ」
◇
道そのものも、みんなで直した。
ヨナスが、崩れた斜面に石を組んで土留めを作る。ニナと若い衆が、ぬかるみに砂利を敷いていく。ロイの薬に世話になった村人たちが、声をかけあって集まってくれた。
一日がかりの道普請。けれど終わってみれば、荷車の通るしっかりした道ができていた。
◇
その道を、薬を満載した荷車が、ゆっくりと進んでいく。
隣村に着くと、待っていた人たちが駆け寄ってきた。
「待ってたよ、ミルドの薬師さん!」
咳止めを。傷薬を。冷えに効く煎じ薬を。一つひとつ、求める人の手に渡していく。
受け取った老人が、深く頭を下げた。
「都の薬は、高くて、とても手が出なくてなあ。あんたの薬は、命綱だよ」
その言葉に、僕は胸が熱くなった。
魔力ゼロの最弱が作る薬が、今、辺境の村々の命綱になっている。
◇
帰り際、村の若者がふと、こんなことを言った。
「そういえば……北のほうの村で、最近、妙な熱が流行ってるらしいぜ。医者にもよく分からん病だって」
僕は少しだけ引っかかった。けれどその日は、それ以上考えなかった。
◇
ミルドへ帰る空の荷車は、軽かった。
これで、もっと遠くまで薬を届けられる。村と村が、薬の道でつながっていく。
次は、薬草園の水やりだ。畑が広がって、桶で運ぶのもひと苦労になってきた。
川から畑へ水を引く仕組みを、考えてみよう。




