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第12話「冬を越す小屋」


 その朝、畑は白く凍っていた。


 初霜だ。秋が、思ったより早く終わろうとしていた。


 僕は、地植えしたばかりの月見草へ駆け寄った。葉が霜にやられて、ぐったりと垂れている。指で触れると、つめたく力なくしおれていた。


「……すまない」


 思わず、声がもれた。王都からずっと連れてきた草を、辺境の土に下ろした矢先に、こんな。


 急いで藁をかけて根もとを守った。山藍も、葉の先が茶色く傷んでいる。寒さに弱い草には、この辺境の冬はあまりに厳しい。


 藁をかぶせるくらいでは、とても足りない。


 ──季節そのものから、草を守る場所が、いる。


 ◇


 温室を、作ろう。


 ガラスの壁で日の光を取り込む。光は中で熱に変わり、ガラスがその熱を外へ逃がさず閉じ込める。そうすれば、冬の最中でも中だけは春のように暖かく保てるはずだ。書庫の文献で読んだ、古い知恵だった。


 けれど、問題はガラスだった。


 辺境のミルドでは、ガラスはとびきりの貴重品だった。一枚をまるごと買う余裕などない。


 そこで、村のみんなが力を貸してくれた。


「うちの納屋に、割れた窓ガラスがあったぞ」

「行商人が来たら、安く譲ってくれるよう、頼んでみよう」


 ヨナスが古い窓枠を運んでくる。ニナが村じゅうを駆け回って、欠けたガラスをかき集めてくれた。大きさも形もばらばら。けれど、つなぎ合わせれば壁になる。


 ガレオが、その不揃いなガラスに合わせて木の枠を一つずつ削り出してくれた。


「でこぼこの相手は、得意でな。冒険者ってのは、ありあわせで何とかするもんだ」


 ◇


 数日かけて、小さな小屋の骨組みができあがった。


 はめ込んだガラス越しに、午後の光が射し込む。床に淡い光の格子が落ちて、土と緑の匂いがほのかに立ちのぼった。外はもう息が白いのに、小屋の中はすこしだけあたたかい。


 けれど、日が落ちればそれも消える。夜の寒さは、ガラスだけでは防ぎきれない。


 やはり、熱を足す仕組みが、いる。


 ◇


 僕は、あの竈の魔法陣を思い出した。熱で反る板で温度を自分から加減する、あの仕組み。


 あれを、小屋ぜんたいに広げればいい。


 そう思って、大きな魔法陣を一つ、小屋の真ん中に描いた。けれど——うまくいかない。


 魔法陣の近くだけが、むっと暑くなり、隅のほうはまだ冷えたままだった。熱に、むらができている。


「広すぎるのか……」


 鍋なら、小さいから一つの魔法陣ですみずみまで熱が回る。小屋は、広い。一点から温めても、隅々までは届かない。


 ──なら、一つで全部やろうとするのが、間違いだ。


 答えは、すぐに出た。


 僕は、大きな魔法陣を消し、代わりに、小さな魔法陣をいくつも、小屋の要所に分けて描いた。一つひとつが、それぞれの持ち場の温度を自分で加減する。熱で反る板も、小さく軽いから応えが早い。


 たくさんの小さな手が手分けして小屋を暖める。そういう仕組みだ。


 ◇


 翌朝。


 外は、また霜で真っ白だった。だが、小屋の戸を開けると、ふわりと暖かい空気が頬を包んだ。


 中では、月見草が葉を立て直していた。山藍も緑を取り戻している。霜の朝に、小屋の中だけ春が続いている。


 いくつもの小さな魔法陣が、淡い光をあちこちで静かに瞬かせていた。


「……やった」


 ガラス越しの光に、緑の葉がつやつやと輝いていた。


 ◇


 ニナが、戸口から顔を出して、目を丸くした。


「外は冬なのに、ここだけ春みたい! ロイさん、これ、すごすぎるよ」


 僕は、月見草の葉にそっと触れた。あたたかい。もう、霜の心配はいらない。


 これで、冬のあいだも薬草を絶やさずにすむ。村の薬を、一年じゅう切らさずに作れる。


 ◇


 その日の午後、思いがけない客が来た。


 隣の村から、わざわざ薬を求めて人がやってきたのだ。ミルドに、不思議な薬師がいる、と噂を聞いて。


 ──村の外まで、届きはじめた。


 嬉しい。だが、隣村まで薬を運ぶには、この細い山道では心もとない。


 次は、薬を遠くまで届ける道のことも考えなければ。やりたいことは、村の外へも広がりはじめていた。


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