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4本目:睡眠の質って、大事だからさ



「元晴は激怒した」



散々泣き喚いた元晴は情けなく崩していた顔を引き締め、立ち上がった。


(そうでもなさそう〜)


何かを心に決めた元晴の様子を、貴子はレモンティーを片手に眺めていた。


……待て貴子。

そのレモンティーはいつの間に取ったのだ。


「もう店員なんて辞めてやる」


元晴はそう宣言すると、制服についていた名札を床に叩きつけた。


「梶賀さん」


貴子が元晴を呼ぶ。

元晴は精悍な顔つきをして貴子の元へと戻ってきた。


「なんだい、貴子ちゃん。

 今俺は、ちょっと扱いを誤るだけで爆発する危険な男だよ」


「給料ほしいんでしょ〜」


貴子は元晴のボケを完全に無視して、そんなことを言い始めた。


貴子、お前に出来ることがあるとでも言うのか……?

流石にその傘で全てを解決することはできないぞ。


「ああ」


元晴は態とらしい低い声で頷いた。

貴子は元晴の返事を聞いてすぐ、レジを指差した。


「そこから貰えばいいじゃん」


平然と、そんな提案をした。


「貴子ちゃん。それはね、泥棒って言うんだよ」


「梶賀さん、真面目すぎ〜」


貴子はちうっとレモンティーを一口飲んだ。


「貴子ちゃん、そのレモンティーはどこから……」


「あそこから」


悪びれもしない貴子。

梶賀はしばらく黙り込んだ。


「……はあー」


レジの内側に入ってバーコードリーダーを手に取ると、貴子の持つレモンティーにかざした。


ぴっ。

ぴっ、タッタッ。


ついでにお菓子のバーコードも読み取ると、再びスマホを取り出して精算した。


ズズッ。


「ごちそうさまでした〜」


貴子はレモンティーを飲み干すと、飲みかけのお茶を手に持って、自動ドアを出た。


「待って待って! どこいくの?!」


「どこか」


「え? 戻ってくるよね? 戻ってきてくれるよね?!」


「さあ?」


貴子の前に立ちはだかって必死に止めようとする元晴。

しかし、風除室は左右に出入り口がある。

貴子は後ろを振り返って、反対側から出ようとした。


「待ってお願い貴子ちゃん! 俺を一人にしないで!!」


元晴は年甲斐もなく、貴子に泣き縋った。

貴子の腰に腕を回して、自身の体重で貴子を引き止めるその姿は何とも情けない。



「……こういうのも、痴漢って言うんだっけ?」



「!!!!」


貴子の呟きに、元晴は一瞬で身を離し後ろの出入り口まで退いた。


「そんなつもりはありません!」


元晴は両手を上げて無罪を主張した。


やけに怯えた目をしている。

もしや、過去にも似たような経験があるのだろうか。


貴子は元晴を一瞥して、風除室のドアを開けた。そして——


バサッ。


傘を広げた。

貴子の体が宙に浮く。


「えっえっ?! どういうこと?!」


元晴はこれでもかと言うほど目を大きく見開いて貴子を見上げた。


「わたしは〜、ちゃんと布団で寝たいからー」


貴子はそう告げると、斜めに浮上し始めた。


横移動できるじゃないか。

何故さっきはしなかったのだ。


「俺だって布団で寝たいよ〜!!」


元晴の必死の叫びが森に響く。


「まあまあ、そこにいれば死にはしないでしょ〜」


そういうことではない。

貴子は元晴の訴えが耳に入っていないようだ。


元晴とコンビニが段々離れていく。


「貴子ちゃーん!!」


遠ざかる元晴の声。

貴子は気にせずふよふよと空を飛んでいた。しかし、



「スカートで空を飛ぶのはまずいよー!!」


「!!」


元晴の叫びに、貴子は自身の太ももの後ろを押さえた。

そしてそのまま、ゆっくりと降下していった。


「……」


貴子は地に足がついた瞬間、スカートを足で挟み込んだ。


(これなら見えるまい……)


僅かに染まった頬。

貴子でも動揺することがあるらしい。

もっと気にすることは別にあると思うが……。


貴子は再び傘を掲げて浮上した。


「町〜」


青く澄み渡った広大な空。



「うぇっ……たかこちゃーん……!」


スカートを挟んだ足をまっすぐ伸ばす何とも間抜けな姿の貴子を、

元晴はただ泣きながら見ることしかできなかった。


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