第9話 やっと繋がった思いの連鎖
研究室には急ぎ足で向かう。本当は回れ右をしたいけれど仕方ない。花だけじゃなくてプルボータルの件もあるし。
覚悟を決めて研究室の横開きの扉を開けようとすると、ルミリアが取っ手を掴む前に扉が開き、勢いよく飛び出してきた相手と頭をぶつける。
ガコッ
「「いったぁ!」」
2人で同じ言葉を言って痛みに耐えていると、ルミリアにぶつかった相手は急いで立ち上がる。
「こんなことしてる場合じゃない!あっ!」
相手はリセンだった。ルミリアに気づくや否や彼女はルミリアの襟を思い切り掴んで叫ぶ。
「若隊長!この花に触れた人全員教えろ!ちとまずいやつだった!」
「く、詳しくぅ。うぉぇっ」
首を絞められてえずき出したルミリアに気付き、やっとリセンが力を緩める。
「まだ詳しいことは分かんないけど、これ、侵食するやつで魔力量少ないとやべぇ!」
リセン隊長の焦りようと言葉で意味を理解したルミリアも顔を青ざめさせる。侵食は始まった所から黒いアザが広がり、何かしらの症状が現れる。
何よりも問題なのは、侵食する地下迷路の植物のほとんどが、致死性のものであるということ。
「侵食は何型?」
「接触!」
ルミリアは呼吸を整えながら思い出す。
ルルが持っていた花は、ノエに手渡しされた。
その手はお互いに素肌だった。
「2人!確実に2人触ってる!」
「魔力量は?」
「ルルちゃんはまだ小さいから少ないと思うし、ノエも魔力量はそんなない……」
「急ぐよ!まだ侵食がどのくらいの強さなのか分からないから!」
話しながらルミリアも立ち上がり、プルボータルをその場に放置してリセンが指差した方へ2人で走る。
少し離れた所にある倉庫に辿り着くと、リセンがもたつきながら鍵を差し込み、開ける。
「あっ」
「何?」
「プルボータルと花、置いてきちゃった」
「きっともう誰かが閉じ込めてるか処理していると思うぞ。それよりも、若隊長って何号まで免許持ってる?」
「8号までなら」
「それならいい」
倉庫の中には様々な備品が並んでいる。その一角に背負えるよう紐がついた箱がある。1〜10号まで数字が書かれたその箱の中からリセンが4号の箱を2つ取り出す。
それぞれの箱は地下迷路関係の侵食に対応出来る魔道具で、どれも免許が必要。
ボスは訓練を禁止されていた時に暇だったので、当時あった8号までの免許を持っている。
「これで対応すれば大丈夫なはず」
「ルルちゃんは分かんないけど、ノエは14隊の隊舎。ルルちゃんの方が危険かもだけど、もしかしたら隊舎に家知ってる人がいるかも」
リセンが一度かっぱを取りに戻り、ルミリアはかっぱなしで自警団本部を出る。4号は水にとても弱いので、リセンとルミリアはそれぞれ背負った4号を濡らさないように魔法を使いながら走る。
リセンの方が魔力量が多く、身体強化に多くの魔力が使えるので、先に第14警備隊の隊舎に向かう。
少し遅れてルミリアが第14警備隊の隊舎に到着すると、大広間ではノエが寝かされ、リセンが4号を使って治療をしているところだった。
ノエの額には大粒の脂汗が浮かび、キツく目を閉じて、時々呻き声が響く。
「ボス!もう1人の方に!」
「あぁ」
ボリシュに声をかけられ、ボリシュとルルの家を知っているという第14警備隊の隊員と3人で隊舎を出る。
第14警備隊からかっぱを借りてルミリアが4号ごと着る。案内するためルルの家を知っている隊員が先を走り、その後を、ボスを肩車したボリシュが付いていく。
4号はかなり魔力を使う魔道具である為、ボスの魔力の消費を少しでも減らそうと肩車になった。恥ずかしいルミリアはかっぱを深く被り顔を隠す。
雨粒が大きいのか、身体中に強くあたる雨が少し痛い。
早く着いて、とルミリアは考える。ルミリアも数回侵食を受けた事がある。侵食は様々な色があり、ドス黒いものや鮮やかな極彩色だったりもして、そのどれもがとても気味の悪い紋様のようなものを描く。
ノエの手までは見ていなかったので、この花の侵食がどんなものかは分からないが、気持ち悪い事は確実。
まだ5歳の少女に侵食の後遺症が残ってしまわないようにしたい。醜い傷なんて残してほしくない。
少ししてボリシュが止まり、家族を呼び建物の中に入る。かっぱを脱ぎ捨て、案内に従いながら急いでルルの元に走る。
「ルルちゃん!」
叫びながら扉を開けると、ベッドに寝かされたルルが母親に看病されていた。
まだ小さくノエよりも魔力量が少ないからだろうか、ノエよりも汗をかき、苦しそうに深呼吸を繰り返している。
半袖の下に見える腕には既に気味の悪い紋様が現れており、侵食している事がはっきりと分かる。
「治療します!」
母親に場所を代わってもらい、4号を取り出す。
専用の道具を最初の接触面であろう手のひらと手首、心臓の近くに取り付け、4号本体に嵌まっている大きな魔石にルミリアの魔力を惜しみなく流す。
すると、深緑だった魔石が鮮やかに輝き、4号とルルを繋げる導線もまた光り、正常に作動している事が見て取れる。
そこからは時間と集中との戦いだった。
この侵食を治療する魔道具は使用する際に膨大な魔力が必要だ。その理由は治療するのに時間がかかるから。その間途切れる事なく魔力を放出し続けなければならない。
さらに流した魔力を正しい侵食の位置で正しく治療されるようにコントロールしなければいけないので、免許が必要となっている。使い方を間違えれば、魔力器官を捻じ曲げたり、破壊したりする事が可能となってしまうからだ。
気付けば日が暮れ、部屋には灯りがついている。ルルの母親から受け取った軽食を片手で食べながら治療を行っていると、最後の侵食が消える。
消えた瞬間にルルの表情も和らぎ、手を握る事さえ許されなかったルルの両親は、やっとルルを抱きしめる。
「ルルっ!」
ふぅ、と軽く息を吐いたルミリアは抱きしめられているルルから素早く道具を外し、片付けていく。
「これで終わったな。死ななくて良かった」
深い安堵のため息と共に頭上から聞こえてきた声は、リセンだった。集中していたルミリアは気付いていなかった。
「リセン先輩。お疲れ様です。ノエの方は?」
「問題ない。だから私はここにいるんだが」
疲れからか少しのんびりした口調のルミリアにリセンが優しく軽口を返す。のほほんとした空気が漂った時、ルルの母親が声を上げる。
「やだっ、なにこれ!」
その声にボスとリセンがサッと動き、ルルの状態を確認する。
ルルの手のひらは爛れていた。火傷をした後みたいに。本人に痛がっている様子は全くないが、手はかなりひどい状態だ。
「あ、あの!これも治療、出来るん、です、よね?」
最後の「よね」だけが、かすれて消えてしまいそうに弱々しかった。
少し考える素振りを見せたリセンが母親に向き直る。
「1週間後。12地区の港から船が出る。それでカーサントラまで行けば、神殿での治癒を受けられる。ただ、物凄く金がかかる」
月に一度、ルミリシンに船が来て、発つ。ルミリシンは大陸の西の半島部分にあたる。陸が繋がっている部分は、ルミリシン軍と王国軍とチェリアナ民族とで諍いがあるため、大陸に行くには船しかない。
「神殿での治癒は高額だ。それと、1ヶ月以内でないと治癒する事が出来なくなる。魔法とは別の体系だから詳しい事は私にも分からんが。だが、金が足りなかったら言ってくれ。援助したい」
女の子に傷を残したくないから、とぼぞっとリセンは呟く。
ルルの両親から何度も感謝されながら、ルミリアとリセン、ボリシュとで第14警備隊の隊舎を目指す。案内してくれた隊員は治癒に時間がかかるという事で途中で帰っている。
「本当に、間に合ってよかった。やっと助けられた。ルミィ、ごめん、ありがとう」
「……うん」
リセンの瞳は涙で満たされていた。ルミリアは久々に愛称で呼ばれたな、と考えながら右腕をさすり、返事をした。




