第5話 女子力もない短気な隊長
第1警備隊隊長室には、微妙な空気が流れていた。
第4地区では既に地下迷路の花の噂が広がっている。
しかもその内容は、自警団が地下迷路の花を独占しているだとか、住民から奪い取っただとか、事実と嘘が入り混じった最悪の形だ。
まだ解析結果も出ていないというのに、話だけが先に広がっている。
「噂は時間が解決するから、今は頑張れ」
その一言でバッサリ切り捨てたセンクに、「えぇー」と不満そうな声をこぼしながらフーリが来客用のソファに座る。ディリンはフーリの隣に座り直し、2人の正面にルミリアが座る。
さらに今まで隊長席に座っていたセンクが1人用の椅子を机に寄せて座り、4人で話せるようにする。
「まあ、そうは言ったものの、今日呼び出したのはそれに関係しそうだからな。じゃ、ルミリア隊長、報告書を」
「はい」
ルミリアはまだ何も伝えられていないディリンとフーリが読めるように、報告書を机に置く。
2人はすぐに机に置かれた報告書へ目を落とし、ディリンの顔が少し青ざめる。フーリは困ったようにため息を吐くだけ。
「おいおい、これマジなら結構ヤベェよな」
「だから2人を呼び出したんだが、もう噂になってんだよな?フーリ隊長?」
「えぇ。噂とはほとんど間違っているけど、少しだけあっていますねぇ。それが厄介ですねぇ」
既に第4地区で噂が広まっている以上、最も簡単な方法だった情報の隠匿はもう無理。かと言って正しい情報を出したところで不安を煽るだけ。
一体どうするべきなのか。
……
ルミリアは早々に考えることを放棄した。
考えているフリをしながら天井を見上げ、上から指示でも来ないかなー、と思う。
「とりあえず、昨日総務隊と話し合ったが、やる事はあんま変わらなさそうだ。まずは調査が最優先。調査が終わり次第公表に移る」
「でも、地上で地下迷路の花が育つなんて、公表しちゃっていいんすか?そこだけでも隠匿できねぇんすか?」
「厳しいと思うよぉ。ほら、うちは隣の第13地区から地下迷路のもの運んできて研究とか開発とかやってるとこ多いからさぁ。まだ僕も生まれてない頃にねぇ、冒険者の一部が植物を独占して1つの研究施設だけ贔屓にしてたら、その研究施設が爆破されたって聞いたよぉ。だから彼らにはあんまりねぇ」
確かにそれだと自警団が爆破される可能性がある。第4地区の魔道具は性能がいいから、完全犯罪される可能性もなきにしもあらず。
「ま、そういうのも鑑みて、公表するのは決定だ。あとは効能が分かるまでの1週間でどれだけ地上から回収できるか、あとは総務隊の方から議会にその花の取り扱いについて罰を設けるよう発案するそうだ。俺ら現場は現地調査と住民の安全を守ること。それが仕事だ」
センクが一息に話し、場が少し緩む。
ふとルミリアとディリンの目が合う。
「そういやコレ、見つけたのがガキンチョ隊長んとこってことか。またオレらの地区踏み荒らしてんのかぁ?」
「第21警備隊はそれが仕事ですぅ。大体こっちが巡回で見つけてるんだから、そっちの巡回は仕事怠けてるんじゃないんですかぁ?」
「怠けてねぇわ!」
チッと舌打ちしてディリンが足を組む。
言い返せないんだー、言い返せないんだー、と頭の中で散々煽り倒すルミリア。本人に言えないのは一応10以上年が離れているから。自警団の中ではまだ少し、年功序列の考えが残っているので。
「ディリンくんって戦いもルミリアさんより強くなかったと記憶してるんだけどぉ、口もそんなに強くなかったんですねぇ。口だけでも鍛えといた方が良いですよぉ」
呑気な顔をしながら持ち込んだ水筒から水分補給しているフーリが、隣のディリンを追撃する。
隊長会議中あまり発言しないので、フーリが結構本音をそのまま口にするタイプだとは思っていなかったルミリアとセンクは、揃って目を丸くする。
「ルミリアさんも弱いものいじめはほどほどにぃ。一応2人とも隊長の中で同期なんですから、仲良くした方が良いですよぉ」
さらにルミリアを嗜めるように見せかけてディリンを追撃する。
無意識なのかわざとなのか。
わざとだとしたら一体何の恨みを買っているのか。ルミリアは精神攻撃されたくないので、この人の恨みは買わないようにしよう、と心に誓う。
そこで咳払いをしてセンクが話を戻す。
「ゔゔん!これからについてだが、まずは第4地区と第14地区の境の付近を徹底的に調査する。特定できるか分からんが、発生原因もな。ただ通常業務もあると思うがどのくらい動けそうか」
「第4警備隊は噂の対処もありますがぁ、それ以外大きなトラブルはないので調査にはある程度回せますぅ」
「第14警備隊は、ちょっと。少し前から大型の魔物が来る兆しが多く発生してるんで、今は警戒に人割いてて、あんま動かせる人はいません」
「第21警備隊は今日非番も呼んでいるので、人手は出せます。現場でも総務隊での書類の手伝いでも大丈夫です」
各隊の状況から、一応1番偉い立場にいるセンクが指令を出す。
「それじゃあ、第4警備隊は噂が事実無根である事を住民に周知させ、残りの隊員で花を探すように。それから第14警備隊は魔物の警戒を緩めず動けるものだけで調査を。第21警備隊は第14警備隊の手伝いを。それと花については昨日研究室でスケッチを用意してもらったから何枚か持っていけ。じゃ、各隊職務へ」
「「「承知」」」
3人で紙を分け、隊長室から揃って出ていく。
扉が閉まった後、報告書だけが残った机を見ながら、センクは独り言をこぼす。
「いや1枚ぐらい取っとけよ!俺の分のスケッチがねぇじゃねぇか!」
第21警備隊の隊舎にボスが戻ると、巡回中の隊員以外の全員が隊長室兼会議室兼休憩室に集まっていた。寝ている隊員もいるが、多分夜勤の後に残ってくれたのだろう。
「お疲れ様〜。寝ている奴起こしといて」
ボスが声を掛けると何人かがうぃーっすと気の抜けた返事を返す。いつもより反応が鈍いなと思い見回してみると、寝ている人に何か悪戯をしているようだ。
ほどほどにしてればいいか、と思い部屋の端に追いやられていたホワイトボードを隊長席の前に運ぶ。
滅多に使わないけれど、こういうのはレンクがしっかり掃除してくれているのでいつでもツルツルピカピカだ。
ホワイトボードに花のスケッチを貼り、声を張り上げる。
「休憩終了ー。全員起きてるな?」
その言葉にさっきまで寝ていた大男のタンドが起き上がる。絶対に動かないと決めたら隊員全員で押しても動かない、第21警備隊の中で1番の力持ちだ。
「ふわぁ、会議の時間っすか」
大男の見た目通り大欠伸をかきながらタンドが言葉を発した瞬間、一気に場の空気が張り詰める。
「今は職務中のはずだが……」
その空気を打ち破ったのは、恐らく唯一場の空気に飲まれなかった男ソーキン。メガネをしている七三分けの生真面目な三十路だ。
「その顔は一体なんだ?」
ソーキンの言葉通り、起き上がったタンドの顔には薄くもなく厚くもなくちょうどいい感じに化粧が施されていた。
見た目に似合わず色白ではあるが、顔には若気の至りだと言っていた大きな傷があり、見たら思わず笑ってしまう顔に仕上がっていた。
と、そこで堪えきれなかったように1人が笑い出し、笑いが部屋中に伝染する。
「あっはっは!どう?!僕の傑作!」
最初に笑い出し1番腹を抱えて笑ったのはミレシアン。かなりのカッコつけたがりで、今も笑いながらカッコつけたポーズをとっているくらいだ。
透かした金髪と整った顔立ちなのでポーズを決めるとそこそこ様になるのだが、何か物足りない。キラキラというよりチカチカしている感じ。
どうやらミレシアンが持ち込んだ化粧道具を使ったみたいだ。
周りがほとんど笑っている中、ルミリアはなんとか隊長としての意地で笑わないように耐えていた。涼しい顔をしているソーキンは沸点がだいぶ高いのかもしれない。
「それにしてもミレシアン化粧も始めたん?オレもやってみようかなぁ」
「最初は僕のを貸してあげるからケッシもやってみなよ」
少し離れたところから悪戯には参加しなかったのだろうケッシがミレシアンに話しかけて、ミレシアンが先輩ぶって答える。
そして、一際カッコつけて一言。
「まぁ、最近は男子も化粧をするのが当たり前になってきたからな。自警団はそうでもないけど」
ルミリアの笑いを堪える顔がスンと引っ込む。
「無駄話はそこまでにしろ。会議始めるぞー」
ルミリアは生まれてこのかた化粧をした事もないし、やり方も知らないし、道具の名前を言えるかも怪しい。
ミレシアンの一言が少し胸に刺さった。




